そこはちょっと

「……ふざけているの?」


 提出した課題を見た先生の一言がそれだ。

 ずっとやっているけれど一度として褒めて貰えたことは無い。良いんです……自分出来ない子ですから。


「出来る出来ないじゃないのよ。書きながら余計なことを考えるから文字が歪むのよ」

「そう言われましても」

「……」


 フワッとベッドから降りて机に向かった先生が、ペンを手にするとサラサラと動かす。

 ちょっと待って居ると……紙を持って戻って来た。


「はい」

「……」


 綺麗な見本が目の前に。

 何これ? 切って張ってコピーしました?


「何をどうしたらこんな同じ大きさで同じように書けるの?」

「日々の練習と続ける努力かしら? まあ私は天才と回りから言われる程度の才能を持っているから比較的簡単に身に付けたけれど」


 言って先生はまたベッドに戻った。


「毎日頑張って書き続けなさい。それと書いている時は無心になりなさい」

「それが難しいんですよね。こう書いてると余計なことを思い出して」


 一応今日の課題は終わったから紙は畳んでゴミ箱へ。先生が書いたのは見本で残しておこう。


「それが雑念なのよ」

「そんな悟りを得ろと言われても」


 ベッドの端に腰を下ろして上半身をゴロリと倒す。

 視線を少し上に向けるとノイエの裸足の爪先が見えた。


「何が気になるのよ?」

「……」


 体を起こし正座をして先生を見る。

 ジッと見ていたら何故か先生が頬を赤くして顔を逸らした。


「見つめたって何も出ないわよ?」

「そうじゃなくて……」

「何よ?」

「……約束だったからと言って先生に無理させてるみたいで」


 心苦しい本音を口にしたら、先生が息を吐いて軽く笑った。


「別に良いのよ。私は最初から決めていたの」

「何をですか?」

「もし私たちの生存を怪しまれた時は、私が出て全てを有耶無耶にしてしまおうって」


 足を抱いて先生が膝の上に顎を乗せた。


「私は術式の魔女。その能力は誰もが知っているわ。だから私が出れば大抵の疑問は誤魔化せる。ノイエの中に居ることだって同じにね」

「でもそれだと」

「だから良いのよ」


 今度は苦笑してみせた。


「グローディアのことを私は悪く言えない。あの子に手を貸したのは事実なのだから。だから私だってその罪を償わないといけないのよ」

「……」


 色々と聞く人の噂って当てにならないんだな。

 術式の魔女はこんなにも優しくて慈愛に満ちた人だったんだ。


「先生」

「何よ?」


 だったら僕はこの人の助けになりたい。

 この人は僕やノイエ……家族みんなを守ろうとしてくれているのだから。


「僕に出来ることがあったら何でも言ってください」

「何よ唐突に?」

「だって先生を見てて手を貸さないのって男としてどうかと思うんで」


 僕も笑って先生を見る。


「厄介事ばかり背負い込む先生の手助けがしたいんです」

「……」

「はい?」


 何か聞こえた気がしたけど気のせいか?

 と、先生がこちらに冷めた表情を向けて来た。


「だったら少しは使えるようになってから言いなさい。この馬鹿弟子が」

「ですよね~」


 やっぱりアイルローゼは辛らつだ。




「あら?」

「……何よ」

「ん~?」

「笑うな化け物」


 ノイエに体を返し、戻って来たアイルローゼを見てセシリーンは満面の笑みを浮かべる。


「もう少し素直になると彼から好意を得られると思うわよ?」

「煩い馬鹿」


 逃げ出すように歩き出した彼女にセシリーンは口を開く。


「ありがとう……だったかしら?」

「ぐっ!」


 つい口にしてしまった言葉を、弟子には聞かれていなかったから良かったが。

 アイルローゼは拳を握って堪えた。


「……私だって感謝ぐらいするわよ」

「ええ。だからその言葉を素直に口にすれば、彼も貴女を見る目がもっと変わるのに?」

「知らないわよ」


 逃げ出したアイルローゼに対してクスクスと笑い続けた歌姫は、仲良くしている夫婦の営みを聞き続けるのは失礼だと思い……軽く眠ることにした。

『見つ~けた~よ~』『良い憂さ晴らしね』と言う物騒な言葉も耳にしながら。




「アルグ……さま……」


 抱き付いて甘えて来るノイエが本当に可愛いのです。

 最近はとにかく甘えんぼ指数が増した気がする。これはこれで嬉しいんだけど。


 ウリウリと寝ているノイエの頭を撫でていると、髪の色が変わった。

 今日は朱色だ。出たな悪友?


「あは~。……終わってた?」

「確認せずに出て来たのかよっ!」

「はうっ」


 右手に宿るハリセンを出して1回ツッコんでおく。


「旦那君……最近私に厳しくない?」

「最近レニーラがズボラ過ぎるだけ。もっと女性としての嗜みをだね」

「え~。面倒臭いよ。私と旦那君の仲じゃん」

「だからって馬乗りして来るな」

「え~」


 完全にマウントポジションを取られ、レニーラが前屈みになって僕の顔を見て来る。


「そうだ」

「ん?」

「ノイエの中で珍しいのに会ったんだ」

「珍しい?」


 はて? 僕の記憶には先生と歌姫さん以外でレアな人って居ない気がするんだけど?


「誰?」

「エウリンカ」

「……誰?」

「知らないの旦那君?」


 首を傾げたレニーラがしばらく考えて……頷いた。


「私も詳しく知らないから良いや。それよりも旦那君」

「ちょっと待とうよレニーラ? 凄く気になるんだけど?」

「あれ~? 私と言う相手を前に他の女が気になるとかどの口が言うのかな~?」


 あ~レニーラさん。そこはちょっと……あ~っ!




~あとがき~


 先生が1人で被った理由を書いてみました。

 何だかんだでアイルローゼって苦労を背負う傾向があるんですよね。凄く良い人なのに…それが表に出ない人なのです。

 で、エウリンカの存在を初めて知った主人公なのです




(c) 甲斐八雲

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