美人だけど性格があれ

「アイル~」


 パタパタとベッドの上で足を振っている相手に、部屋主であるアイルローゼは何とも言えない視線を向けた。


 相手は可愛らしい少女だ。褐色の肌は彼女がこの国の生まれで無い証拠であり、言葉遣いがどこか男の子っぽいのは、自身をこの国に連れて来た奴隷商たちの会話を聞いて覚えたのが理由だ。

 ただ言葉を聞いて覚える能力が示す通り、少女はとても物覚えが良い。言葉や文字の読み書きを数年で覚え、その気になればそれ以上の知識を得られるほどの能力を持っている。


 しかし少女は異国の民だ。故に現在居る場所で知識を得ることは原則出来ない。

 彼女の生い立ちがどれ程不幸で、過酷な旅の後にこの国に辿り着いたとしてもそれが事実だとは限らない。他国の密偵である可能性は零ではないのだ。


「そこの引き出しに貰い物のお菓子が入っているから食べて良いわよ」

「ん~。お菓子より本を読んで欲しい」

「絵本で良いの?」

「子供扱いしてる」


 ブ~と頬を膨らまして、また少女はベッドに倒れてパタパタと足を振る。

 今日は定期的に行っている彼女の成長確認の日だ。それを理解しているからこそ少女……リグは子供らしく振る舞うのだ。


 着替えを終えて部屋着になったアイルローゼは、彼女の傍に腰を下ろす。


「痛いのは嫌よね?」

「……うん」

「でもリグ?」

「分かってる。分かってるよ。アイルもお父さんもボクの為にしてくれてるって分かってる。分かってても……痛いんだよ」


 枕に顔を押し付ける少女に、アイルローゼは優しく手を伸ばしその背を撫でる。


「ごめんなさいね。もう少し良い方法があれば良かったんだけど」

「分かってる。アイルとお父さんが頑張ってくれるから……」


 言って少女は枕から頭を引き剥がすと、上半身を起こして衣服を脱いだ。

 子供の頃は全身を覆うように存在していた体の刺青は、上手い具合に胸を避け首元やお腹に周りになどに存在している。

 腕や足の刺青も綺麗な形で残り、背中に存在する入れ墨は腰回りくらいだ。


 成長に合わせて変化させたとは思えないほどに美しく描かれている。

 どれほどリグの育ての親が心血を注いで刺青と向かい合っているのかが伺える。


「でもアイル」

「なに?」

「……もう足の裏は止めて欲しい」

「大丈夫よ書く場所が無いから」

「そうじゃなくて……」

「大丈夫よ。もう入れ墨は入れないから」


 相手の言葉を理解しながらのアイルローゼの返事だった。

 それに気づいたリグはまた頬を膨らませると、彼女の前に座った。


「はいどうぞ」

「拗ねないの」

「拗ねてない」


 拗ねている相手に何を言っても意味が無さそうなので、アイルローゼは彼女の体を隈なく確認する。

 見れば見るほど彼女の義父である医者の実力を知ることとなる。


「この部分……少しでも歪みが出ると厄介だから手を出さなくて良いと言ったのに」

「お父さんが言うにはその辺りが成長すると骨格の都合で面白くないって。それに大きくなって子供が出来た場合に困るからって」


 全身を赤くしてリグが言葉に困りだす。


「自分の娘に何を言ってるのかしらね、彼は」


 話の内容は問題だらけだが、確かにこれなら仮にリグが将来妊娠してお腹を膨らませても別に刻んだ術式の補助で十分に魔力を賄える。


「まあ上手く処置する腕のある人だから文句は言わないけど」

「けど?」

「こんな物を見せられたら私が日和ったみたいで嫌なのよ。ならこっちのかなり難しい方に手を出すことにしましょう。ここを上手く処理すればもう少し胸が大きくなっても大丈夫よ。ええ本当に」

「アイル……痛い」


 色んな感情と戦っているらしい相手の手がリグの胸を掴んでいた。


「こんなに苦労しているのに、どうしてこの胸はこんなに育つのかしら? 子供の頃から大きかったから念のために胸の方は色々と避けて来たけど……ここまで大きくなることは考えて無かったのよ」

「ボクに言われても困る。でも重いし、駆けると千切れそうに震えるし」

「……千切れてしまえば良い」

「アイル~! うな~!」


 激怒した相手に押し倒され、リグは覆い被さるようにして来る相手を見た。


「痛い思いをさせてごめんなさいね。私にもっと力があれば……こんなに傷を作らなくても済んだのに」

「大丈夫だよアイル。だからお父さんと同じことを言わないで」

「そうね。彼も同じことを言いたくなるわよね」


 そっとリグの頭を抱いてアイルローゼはそのままベッドに横になる。

 少女が来た時だけ……こうして眠るのが彼女との約束なのだ。


「アイル」

「なに?」

「……アイルが近くに居てくれたらいっぱい寝れそうな気がする」

「そうね。いつか傷の痛みに悩まされずいっぱい寝れる日が来るはずよ」

「そうなると良いな」

「ええ」


 繰り返される治療のせいで、傷が無い時も幻痛に悩まされるリグに安眠と言う文字は無い。

 短い眠りを繰り返しては痛みで起きて傷口を掻き毟ろうとする。普段は周り居る人たちが気に掛けているせいで彼女には治療以外で傷口を作り出すことは無いが。


「ねえアイル」

「なに?」

「いつかアイルやお父さんに何かお礼がしたい」

「そうね。ならリグの成長が止まった頃にでも何かして貰おうかしらね」

「うん。アイルのお願いだったら何でも聞くから言ってね」


 甘え顔を胸に擦り付けて来るリグの頭をアイルローゼは優しく撫でる。

 それはまだ不慣れな母親が子供に対し愛情を注いでいるようにも見える光景だ。


「ボク思うんだ」

「なに?」

「きっとアイルは将来良いお母さんになるって」

「……」


 突然の言葉にアイルローゼは驚き目を丸くした。

 彼女の言葉が、最も自分に適していない将来であると思ったからだ。


 しかしリグの言葉は止まらない。


「アイルはこんなに優しいしね。みんなアイルのことを知らないんだよ。アイルは美人だけど性格があれだから絶対に結婚出来ないとか言ってる人たちに言いたいよ。アイルがどれ程優しいかって……アイル。痛い」

「どこの誰が美人だけど性格があれですって?」


 ガッと後頭部を相手に掴まれ、リグは恐怖に身を震わせる。


「……シューグリットとかポーパルとか」

「アイツ等か。良く分かったわ。今度行って私の優しさを骨身に染みるまで教えてあげましょうね」


 クククと薄く笑う相手に恐怖し全力で逃げ出そうとしたリグだったが、怒れるアイルローゼが逃がす訳もなく一晩中怖いお思いをしたそうだ。




~あとがき~


 学院時代のリグとアイルは大の仲良しです。ほぼ保護者ですが年齢差は…実は数歳とかw

 現在でもアイルが何かあるとリグを引っ張り出してアルグスタを治療させたりするのは、リグがアイルの言葉に素直に従うからです。それとリグがアイルに遠慮してアルグスタに対して『友達』とか言っているのはこの辺も関係してます。

 ちなみに本編のリグがいつも寝ているのは、ようやく幻痛から解放されて好きなだけ寝ていられるからです。色々と伏線の多い話だな~w




(c) 甲斐八雲

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