あの子は今度こそ
「へ~。これがノイエの旦那なんだ」
「だ~ね~」
目の前には、ボーイッシュな感じの女性とフワフワとした感じの女性の2人が居る。
何となくで分かった。ミャンとシュシュだ。
シュシュは何度か会っているから良いが……ミャンとはこれが初めてである。
正直逢いたくない人物の1人だ。
『絞殺魔』と呼ばれたミャンは、あの日学院内で狂った人物の1人だ。ただし彼女は男性だけを絞殺して回ったらしい。同性愛者がそっちに発揮されたのかと資料を読んで感心した。
シュシュも似た感じで人を殺している。ただしシュシュは封印に特化しているせいで、個人を封じることに関してはほぼ最強だ。
それに代わってミャンは一度に複数人拘束する魔法を使う。あくまで拘束だから逃げ出す者も居るらしいが、彼女の武器は圧倒的な拘束魔法の数だ。下手な鉄砲数撃って拘束して絞め殺したらしい。
「あの~。出来たらこの拘束を解いて欲しいのですが?」
早速ミャンの拘束を体験できている僕ってば凄いと思う。
具体的には手足を完璧に拘束されて床を転がっている。
僕を誘い出したレニーラは『美人2人に弄ぼれるだなんて流石旦那君だね!』とか言ってどこかに行った。行ったのだが……最後に2人に『搾り尽さないでね? 私もあとで楽しむから』とか言ってたから共犯だ。今度会ったらどんな罰を与えてくれようか!
「ふ~ん。これでノイエを骨抜きにしたの?」
「あっちょっと……そこは……イヤン」
青い髪と緑の目のミャンが僕の大切な息子を撫でて来る。
フワフワとした感じのシュシュはこっちを見て、にへら~と笑っている。
「フレアも~凄かったんだよ~。もう~信じられない~くらいに~」
「男が良いとか狂ってるわよね」
「そんな激しく撫でないで下さい!」
見た感じボーイッシュなのに確り美人だから困る。
異性に撫でられて自制しろとかどんな拷問であろうか?
「硬くなって来た?」
「イヤン。誰か~! 本気で助けて~!」
このままだと色々と終る。具体的に男としての何かが終わってしまいそうな気がする。
「助けを~呼んでも~」
「何してるんだお前ら?」
「シュシュ! 相手が悪い!」
「ふわ~い」
息を合わせて2人が逃げて行った。
ある意味良いコンビだな……で、やって来た姐さんが僕を見下す。
「何やってるんだお前は?」
「行く先々で不幸に見舞われてまして」
「確りしなよ。全く」
片方しかない腕に掴まれ持ち上げられる。
ミャンに施された拘束の魔法が効果を失い消え始めた。
「まあ良い。遊んでいるってことは暇なんだろう?」
「決して暇では無くて」
「付き合いな」
オーガさんに通じる我が儘っぷりを感じる。
その証拠に僕を脇に抱えて運ぶ辺り、ある意味オーガさんと同じ発想だ。
適当に洞窟っぽい通路を歩いて行く。途中リグが大の字で寝てたけど……やっぱり凄い。どうして仰向けなのに横に流れていないのあの双丘は? 何か詰まってますか? 夢とか希望とか?
名残惜しみつつ強制的に移動させられ……カミーラは不意に立ち止まった。
「この辺で良いだろう。戻る時はあっちに向かって突き当たるまで進んで右に行けば良い」
「ありがとうございます」
拉致った割には帰り道を教えてくれる分オーガさんより素晴らしいです。
向かい合うようにして座って、まずこの疑問を解決したい。
「カミーラ」
「ん?」
「左腕どうしたの?」
「ああ。前にアイルローゼに溶かされてまだ回復の途中なんだよ」
「何したの?」
「お前にノイエのことを話そうとしたろう? それでやり合って融かされた」
融かされたって何をどうしたら人間を融かせるのか聞きたい。
「まあこんなのはそのうち生えるから良い」
「普通生えないって」
「ここだと生えるんだよ。そんなことよりもだ」
胡坐をかいて座っている彼女が、こっちに向かって頭を下げて来た。
「フレアを救ってくれてありがとうな」
「えっあっうん」
「彼女は大恩のある人の娘なんだ。だからあんなことになってると知ってな……もっと早く私が動けてれば協力出来たのにな。寝てて気づくのが遅れた」
その理由を聞いて無ければ……まあ良いです。寝てたのなら仕方ないです。
「本当に良いですって。フレアさんは無事に助かったし、本人の意思に反しているだろうけど、馬鹿王子の傍で一緒に暮らせるんだから文句は言わせないです」
「そうか。本当にありがとうな」
深々と頭を下げられると、こっちの方が恥ずかしくなる。
「お前には色々と助けられてばかりだな。アイルローゼの魔法が使える目途が立ったらしいから何かあったら呼べ。私で良ければ全力で力を貸してやるからさ」
「あっはい。その時はお願いします」
「その前に一度出て、準備して貰った酒でも飲みに行くけどな」
笑う彼女は本当にイケメンだ。女性に使う言葉じゃ無いんだろうけど。
もしカミーラが宝塚な歌劇団に居たら物凄い人気を博するだろうな。
「そうして下さい。それと先生たちと喧嘩するくらいなら、僕にノイエの秘密とか打ち明けなくて良いですからね?」
「そうか? そう言うならもう言わないが」
チラリとカミーラが視線を向けると、狙ったようにレニーラが姿を現した。
「あっ旦那君。逃げてるなよ」
「出来たらレニーラに凄い罰をお願いします。姐さん」
「分かった。後でやっとく」
「ふぅなぁ~! 冗談も通じないのか旦那君はっ!」
離れた場所からプンスカ怒ってレニーラはいつでも逃げられるように構えた。
「アイルローゼが呼んでるよ。準備が出来たってさ」
「ほ~い」
立ち上がって先生たちの居る場所に向かおうとする。
「おい旦那」
「はい?」
振り向くと困った様子でカミーラが頬を掻いていた。
「何か嫌な予感がするんだ。ノイエの周りに気をつけておけ」
「わっかりました!」
敬礼をして急いで駆けて行く。
待ってろノイエ。いい加減に帰るからな!
遠ざかる背を見つめカミーラはもう一度呟いた。
「頼んだぞ旦那。もし仮にノイエがユーリカのことを思い出しでもしたら……あの子は今度こそ壊れてしまうかもしれないからな」
そっと息を吐いて、彼女は頭を振った。
「アルグ、アルグ様……」
メソメソグシグシと泣き続けていたノイエは、不意に意識を飛ばした。
気づいたらまたベッドの辺りが光っている。
胸が暖かくなる気配を感じ、『今度こそ逃さない』とばかりに彼女は身構えた。
「だから全身が焼けるように熱いんだって!」
「アルグ様っ!」
「ぐおっ!」
飛び込み抱き付いて来たノイエの衝撃をモロに食らって……アルグスタは目を白黒させる。
「ノイエ?」
「はい」
「良かった。無事に帰れた~」
安堵の声と同時に、ノイエは迷うことなく夫に馬乗りした。
「あの~ノイエさん?」
「ダメって言ったのに」
「これはですね。ちょっと理由がありまして」
「ダメってっ!」
目を見開きノイエのアホ毛がピンと立った。
何事かと辺りを見渡す彼に、ノイエは手を伸ばして夫の頭を固定した。
「痛いです」
「何これ?」
「はい?」
「……誰?」
「はい?」
不運にもアルグスタには見えない角度だった。
そしてノイエの視界にはちょうど入る角度だった。
ホリーに付けられたキスマークが彼の首元に浮かび上がり、それをノイエは見逃さなかった。
「誰?」
「あの~ノイエさん?」
「……ダメ」
「はい?」
泣き出しそうな顔をしてノイエは、ホリーが付けたキスマークの上に自分の唇を当てて吸う。
「ノイエ? どうしたの?」
「……」
唇を離してノイエはジッと彼を見る。
「……馬鹿」
「痛烈な言葉に泣きそうだよ!」
「……大好き」
「落して上げられたよ!」
騒ぐ彼を見つめ……ノイエはそのまま抱き付いて目を閉じた。
とにかく安心したことで眠くなったのだった。
~あとがき~
伏線を張りつつもようやくアルグスタは帰還しました。そして忘れていた例の問題と向かい合います。ですが、問題は根本から引っ繰り返すのが"彼女"の手法です
(c) 甲斐八雲
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