無駄だったのよ

『……ニュースの後は阪神甲子園球場から夏の甲子園決勝をお届けします』


「ふにゅ?」


 何か物凄くいっぱい寝たような気がする。


 欠伸をして体を起こして……はて? 何か足らない気がする。何だっけ?

 軽く首を傾げて考えても思い出せない。変な夢でも見たかな?


 とりあえず机の上のスマホに手を伸ばすと、何もありませんね。薄情な友人たちだ。


「ん~。……そっか。畑仕事を手伝ってから寝てたんだ」


 テレビに視線を向けるとお昼のニュースが流れていた。


『……麻衣さんたち3人の行方は未だ分からず、警察も市民からの情報提供をお願いしています。では引き続き阪神甲子園球場からっ』


 プチッとリモコンでテレビを消して僕は立ち上がる。

 ぶっちゃけてしまえばそれほど野球に興味がある訳ではない。


 ん~と背伸びをしたら軽く立ち眩みがした。

 どれだけぐっすり寝てたんだろう? それよりも若いからって僕をこき使い過ぎる老人たちが悪いのかもしれない。


 寝汗もいっぱいかいてるみたいだし、シャツを脱いで洗濯籠に放り込んで替えを回収して来る。

 ついでに洗面所で鏡を覗いて……今年の夏は朝から晩まで農作業をしているからちょこっと筋肉が付いたような気がする。このままマッチョ化して夏休み明けデビューでもするかな。うん知ってます。僕がマッチョになってもモテないんだろう?


 悲しくなって来たから鏡越しに冴えない高校生男子に別れを告げて居間に戻る。

 にしても今年も暑い。流石に扇風機だけでこの猛暑を乗り越えるには無理がある気がする。


「小川にでも行って涼んで来るかな~。その前に腹ごしらえっと」


 進路を居間から台所へと変化させて歩いて行くと、本日のお礼であるトウモロコシが山のように。

 茹でるの面倒臭いし生で良いか。今朝もいだばかりだから行けるだろう?

 皮を剥いてガシュガシュと齧る。ほんのり甘くて美味しい。でもやはり茹でるべきだったかもしれない。


「一人前を茹でるのって面倒臭いんだよな~」


 とは言え全部茹でたらそれはそれで大変だ。まあ最悪彼女が……彼女?


「アカン。独り身が長すぎて妄想彼女の夢を見始めたか?」


 物凄く寂しくなって来たからトウモロコシを食べきって居間に戻る。


「ただいま~」

「お帰り」

「あら匠。帰ってたの?」

「うん」


 買い物袋を手に母さんが歩いて来る。


 全体的に線が細くて消えてしまいそうな感じのする人だ。

 ただ美人なのでご近所さんの親父共からの人気は高い。


「お昼は?」

「貰って来たトウモロコシを齧ってたところ」

「……生で?」

「自分胃袋だけは強い子なので」

「そんなこと言ってまた三日三晩腹痛で苦しんでも知らないわよ?」


 怒る母さんに素直に頭を下げておく。

 あれは近所のオジサンが、『俺のガキの頃は食う物が無くてその辺の草や木の実を煮て食ったもんだ』と力説していたから真似てみただけです。結果酷い腹痛を食らったけど。


「素麺でも茹でるから居間で待ってなさい」

「は~い」


 言われるがまま僕は居間へと向かった。




「グローディア? どう死ぬのか選ばせてあげる。虫けらのように醜く死ぬか、虫けら以下になって死ぬか」


 青い髪を蛇のように蠢かせているホリーを止める者は居ない。

 ただ流石に今グローディアの口を封じられると面倒臭いことになるから、カミーラは作り出した棒で彼女の動きを制していた。


「それでアイルローゼ。旦那は?」

「魔法の発動は確認した。彼の"中身"がどこに飛んだかまでは流石に分からない」

「そうか」


 ギンッと音が響いてホリーを制していたカミーラの棒が半ばから切断される。

 彼女の青い髪が刃となって斬り捨てたのだ。


「まだ切り刻むな。ホリー」

「邪魔をするなら纏めて殺す」

「だからもう少し待てと言っている。やる時は邪魔なんてしないさ」


 カミーラとてホリーほどでは無いが彼のことを悪く思っていない。

 何より可愛がっていたノイエがあれほど懐いていた人物だ。悪く思う訳が無い。


「それでグロ―ディア? どうしてあんなことをした」

「……」

「言わない気か?」

「……」


 床に伏した彼女は、両腕を折られていた。

 カミーラの妨害から抵抗する為に腕を盾とした結果、その両腕を折られたのだ。


「黙られると辛いな。セシリーンの方は?」

「リグが舐めているから傷口は塞がるけど、喉の奥はしばらくかかるかも?」

「そっちはリグ次第か」


 レニーラの報告にやれやれと肩を竦めてカミーラは辺りを見渡す。


 普段ならこの手の会議で議長を務めるグローディアが対象なので、仕方なく彼女が仕切っていた。

 戦場で部隊を率いていた経験を買われてと言うことになるが、実質運営をしていたのはスハの方だから彼女に押し付けたかった。ただ彼女は普段から表に出てこない。ノイエに危機が迫れば別だが……スハはこの場所から消えて居なくなりたいと願っている1人なのだ。


「それで誰か……この馬鹿が何であんな暴挙に出たのか分かるか?」

「ええ」

「……教えてくれ。アイルローゼ」


 彼女が口を開くとは思っていなかったのはカミーラだけでは無かったらしい。

 床に伏しているグローディアですら、心底驚いた様子でその顔色を蒼くしていた。


「その馬鹿は自分がしでかしたことが明るみに出るのを嫌ったのよ」

「アイルローゼ!」


 声を上げ立ち上がろうとするグローディアの頬が裂ける。

 冷たい青い目を向けるホリーの髪が蠢いていた。


 ただ冷たい視線を向けるのはホリーだけでは無い。アイルローゼもまたその目を冷たくしていた。


「忘れたのグローディア? 私は別に貴女の部下でなければ仲間でも無い。ただ貴女の企みに加担して手を貸した馬鹿の1人よ」

「……」

「だから何も気にせずに全てを言える」


 動き出そうとするグローディアをホリーの髪が、カミーラの棒がそれぞれ制した。


「あの日貴女は……異世界から異形な物を呼び寄せここに居る大半の者の人生を狂わせた。その事実をひた隠しにしたい貴女にとって彼はさぞかし邪魔だったんでしょうね?」

「アイルッ!」


 決して知られたくなかったことを言われグローディアは激高した。


 全てを隠し切る為に……必死に準備を積み重ねたのだ。魔女が作り出したノイエの魔力を変換し使えるようになる術式に必要な魔法語を盗み聞きし、転移魔法の方も十全に準備した。

 そして決行し成功したのだ。全員から恨まれると分かっていながら。


 床を殴りつけグローディアは魔女を睨む。


 元王女の厳しい視線を受けながら、アイルローゼは表情を変えていた。

 相手を哀れむように変化させたのだ。


「そして貴女はもっとも重要なことを忘れている」

「なに、を?」

「私たちの傍にはセシリーンが居たのよ? 知られないと本気で思っていたの?」


 驚愕に見開いたそのグローディアの目が語っていた。『失念していた』と。


「コホコホ……」


 響いた咳の音にアイルローゼは場所を譲る。

 リグに手を引かれやって来たセシリーンは自分の喉を押さえていた。


「喉の奥を舐められるのは良い気がしないわね」

「セシリーン?」


 怯えるような目を向けて来る元王女に、盲目の歌姫は静かに口を開いた。


「ええ。グローディア。私は全部知っていたわ。だって聞こえたから」


 クスリと笑ってセシリーンはゆっくりと座る。


「1人で抱えられるような話じゃ無かったから、何人かに話しをしたわ。まあ話した皆はここに居るみたいだけど」

「なら私のしたことは……」


 呆然と床を見る彼女にアイルローゼは静かに見下した。


「無駄だったのよ。最初から全て」




~あとがき~


 現代に戻ったアルグこと匠くん。そしてグローディアは自分の行為が無駄だったと知る。本当にチートキャラって卑怯だわ




(c) 甲斐八雲

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