ボクは幸せだったよ
「先生。こんな所で何してるんですか?」
「……お前さんか」
何故か苦笑されるし。
立ち止まった先生は外出と言うこともあって普通の格好をしていた。
本当に普通過ぎて、自宅兼の治療所で会うよりこっちの方が先生っぽく見えるから不思議だ。
「前王の診察ですか?」
「ああ」
やっぱりだ。
「先生」
「何だ?」
「今回は本当にありがとうございます」
深々と頭を下げて謝意を示す。
人の目なんか気にしない。何より僕はとても気楽な立場の人間ですから。
苦笑いした声がして先生が肩を叩いてきた。
「医者として当然のことをしただけだ。だから礼など要らんよ」
「それでも言わせてください」
「なら言うだけにしてくれ。流石に頭は下げるな」
「……ありがとうございます」
頭は下げずに相手の目を見てはっきりと告げる。
苦笑して、彼は頭を掻いた。
「だが今回のあれは前王陛下の頑張りだ。自分はただ手助けをした程度だよ」
「その手助けが良かったから助かったのでしょう?」
「どうかな」
何処か逃げるように歩き出した先生を追って隣を歩く。
チラリと肩越しで後ろの様子を見ると、後ろ手に手を組んでノイエはゆっくりと歩いていた。
変化は見えないからリグの奴……さては寝てるな?
「自分は誰も救えない医者だよ。もう何度もこの手でその命が尽きて冷たくなる患者を見送って来た。救えずに……ただ救えずにだ」
歩きながら肘を曲げ、彼が自分の腕を見せて来る。
祝福を宿した手だ。何度も体内をこねくり回されている。
「でも全員を救うだなんて無理でしょう?」
「ああ無理だな。……無理なのだよ」
深く息を吐いて背中を丸める彼が、とても小さくなったように見えた。
でも僕は知っている。パパンが資料と共に残してくれた形見……って生きてるな? あのエロ親父。
前払いで受け取っちゃったけど黙っておこう。パパンが前払いでくれたいずれ形見となる黒革の手帳には、先生が何を夢見て不可能に挑んだのかが記載されていた。
「僕は父親からある人の話を教えられました。
その人は不可能に挑み、苦しみもがいてそれでも挑み続けた人でした」
前を向いて何となく言葉を続ける。
「治療魔法は出来たら素晴らしいと僕も思います。でも現実には出来ない」
「……ああ。出来んよ。あれは不可能なんだ」
「ええ。個人的な感想で言うと……『底無し』なのでしょうね。人の欲と同じで、底を見せない魔法なのだと思います」
「その通りだよ」
疲れ果てた男性の声が響いて来る。
僕が黒革の手帳を読んで得た感想がそれだった。
治療魔法とは万能の効果を求めれば求めるほど難易度が上がっていく負の魔法だ。
虫刺されから末期の癌まで治る魔法を作るような物だ。だったら個別に魔法を分ければ良いかとも思ったが、多岐に渡り過ぎて脳内で破たんした。
一言で怪我や病気と言っても千差万別だ。風邪だと言ってもその種類は多くある。
その1つ1つに魔法を作れたとしても、扱う人間が何百と必要になってしまう。
良くてプレートに刻んで1枚ずつ作って対応すると言う方法もあるけど、それでも魔法使いの他に診察をする医者が必要になる。
それだったらプレートなど作らず薬を作った方が安価だ。
「その昔、アイルローゼと言う魔女が言っていたよ。『治療魔法など作らずに治療できる者を育てるべきだ』とな。今となればその言葉が痛いほどに良く分かる」
「だったら医者を育てましょうよ? ナーファが言ってましたよ。ウチの対ドラゴン遊撃隊に誘ったのに、『この仕事が好きだからお断りします』って」
僕の言葉に驚いた先生がこっちを見て来る。
「……あれが、そんなことを言っていたのか?」
「ええ。何度か聞き間違いかもと思って誘ったんですが、最後まで応じてくれませんでした」
「……そうか」
何とも言えない感じの声が響いて来た。複雑な父親感情といった所か。
また2人並んで歩いていると、彼が重い口を開いた。
「アルグスタ殿」
「はい?」
「リグと言う娘を知っているな?」
「……名前だけは。自分はあの日の事件を調べているので」
と、先生が立ち止まると僕の肩を掴んで来た。
「違う。お前の両手首の傷の治り方はリグの魔法の特性が出ていた。何よりあの魔法を使えるのはリグ1人だ」
「……彼女が治療魔法を体に宿しているからですか?」
「ああ。その通りだ! だから……教えてくれ。もしかしてリグは生きているのか?」
希望にすがり付くようなそんな視線に対して、僕は頭を左右に振った。
「彼女は殺人の罪で処刑されました」
「……殺していない。リグは誰も」
「殺したんですよ。彼女は貴方の妹夫婦を……そして貴方は最後までそれを認めなかったと報告書には記載されていました」
「……」
大きく肩を落とす彼は……自分に噛みつき命を奪おうとしていたリグを最後まで抱きしめ、決して他人に牙を向けないように命がけで抑え込んでいる所を発見されたのだ。
奇跡的に首元の傷は浅く、彼は数度心臓を止めたがそれでも生き残り祝福を得た。
ただ意識が戻ってから彼は主張し続けた。娘の無実を。
何十日も寝ていた彼が目覚めた時には……リグは自ら自身の罪を自供し、処刑台へと昇っていたのにだ。
「先生。リグは死んだんですよ。もう生きていない」
「……分かっている。分かってはいるんだ。でもお前の手首に?」
「これはリグの魔法を応用して作られた物です。莫大な魔力を持つノイエにしか扱えないし、傷口を舐めて塞ぐくらいの効果しかありません」
「……違うのか?」
「はい」
事前に準備していた答えを受け、彼は地面に膝を落とした。
分かっている。理解していても彼はまだ自分の"
「先生。仮にリグが生きていたら何がしたいんですか? 父親として抱きしめてあげたいとか?」
「……違うよ」
力無く地面を見つめる彼が泣き出しそうに肩を震わせる。
と、フラフラと歩くノイエが僕の対角線上に立つのを見て、苦笑して先生の肩に手を置いた。
「なら何を?」
「……聞きたかったのかもしれん」
「何を?」
「お前の父親となれていたのか……違う。お前は幸せだったのか、とな」
ゆっくりと色を変えたノイエを見て、僕は先生の肩を全力で掴んだ。
『ボクは幸せだったよ。ありがとうお父さん……大好き』
弾かれたように動いた先生の馬鹿力で抑え込んだ手があっさりと振り解かれた。
ただ振り返って見たノイエは……いつもの彼女だ。
「今……確かに?」
「うちの嫁を見て呆けないで下さい」
「聞こえただろう?」
「何がですか?」
「……聞こえなかったのか……」
聞こえてましたけど、あの言葉はリグから先生への言葉ですから。
だから僕は何も聞いて無いのです。それで良いのです。
「ほら先生。いつまで悲しんでいてもリグはもう居ないんですから」
「そう……だな」
立ち上がった彼に落ちている鞄を拾って手渡す。
「それに先生には大切な娘がもう1人居るんでしょう? 早く帰ってあげないと」
「……早く帰れば帰ったらで怒られるがな」
「でもウチで預かってた時は、扉に人が来るたび振り返ってましたよ? 本当に邪魔だったら気にもして無いはずです」
「そうか」
「そうです」
苦笑し先生はゆっくりとこちらに背を向け歩き出した。
「今度何かあったら儂の本気を見せてやろう」
「体の中を撫で回すのは勘弁して下さい」
「うむ。出来たら若い女性が良いな」
カカカといつも通り笑い離れて行く彼を、リグの色をしたノイエが見て、
「本当に変わらない人だよ。ボクの父さんは」
嬉しそうに笑って愚痴を吐き出した。
~あとがき~
先生の無念は少しでも払拭出来たのだろうか? そしてアルグスタへのリグのフラグは立つのか?
(c) 甲斐八雲
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