奇跡を願って何が悪い

(ふざけるな……)


 彼は痛みが走る体を動かし、上半身をどうにか起こした。

 下半身は……足は、石壁に叩きつけられた際に折れ曲がったのか、あり得ない角度に畳まれている。


 それでも彼は怒りや憎悪と言った感情を燃料に動き続ける。


 自分は国に長く仕えて来た銘家の出だった。長く国に仕えたのだ。

 多少甘い汁を吸うことに何の罪がある? 命を賭して国に仕えたと言うのにだ!


(ふざけるなふざけるなふざけるな……!)


 彼は握ったままの剣を杖に、上半身を完全に起こして適当な石に座った。

 運良く小高い場所に落ちたらしく相手の視線からは完全な死角だ。


 血が滲む視界の中で必死にそれを探す。


 ゾングらしい死体が転がって居た。銭勘定しか出来ない屑だから死んでも仕方ない。

 偉そうにしていた竜人は姿形すら無い。逃げ出したのか殺されたのか……結局役にも立たない邪魔な存在だった。


(終わらせんぞ。ユニバンスの者……俺がお前たちを殺してやるっ!)


 見つけ出した存在に黒く汚れた殺意を向ける。

 狙うは王弟ハーフレンだ。


 ゴーンズ・フォン・エフリエフは右腕を振り上げ、残った命の全てを注いで……それを投げ放った。




「……アルグちゃん!」

「ちょっ! 色っ!」


 突然青くなったノイエに僕も蒼くなる。


 洒落にならないよお姉ちゃん!


 急いで彼女を抱きしめて二人の視界に気要らないように、


「まだ生き残りがっ!」

「ふぇ?」




 フレアはそれを見た瞬間、何も迷わなかった。


 抱きしめてくれている彼の腕を引いて体勢を入れ替え、咄嗟に自分の胸に手を当てる。

 魔法語の正確さと素早さでは師であるアイルローゼが何度も褒めてくれた。自信はあった。

 何より恐ろしいほど正確にそして最速で紡げた。


 だからフレアは満足できた。彼の盾になれたことを。


 唯一彼女に無かった物……魔力残量だっただけだ。

 自身の胸に剣の刃を受け、それでも剣先が背中を少し出た程度で止まったのは、僅かに残っていた魔力のお陰だった。


 背後に居る彼に刃が届かなかった。それだけで十分だ。


「糞がっ!」


 吠えて掴んだ胴斬りを、ハーフレンは迷うことなく投擲した。

 恐ろしい勢いで飛んで来たそれが何か……認識することなくゴーンズは自身の顔を潰され絶命した。


「フレアっ!」

「ハフ……」

「フレア……」


 こぽっと血を口から溢れ出し、倒れ込む彼女をハーフレンはその背から抱きしめた。

 胸に突き刺さった剣はどう見ても致命傷だ。戦場で数多くの死体を見た彼だからこそ、無情なまでにその事実を認識してしまった。


「ハフ……」


 ゆっくりと持ち上がる彼女の手を掴み、ハーフレンは自分の頬に当てる。

 まだ体温はある。彼女は生きていると実感する為に。


「大好きだった……ずっと」

「ああ」

「貴方のお嫁さんになるのが夢だった。私の全てだった」

「ああ」

「……もっと早く言えば良かったのにね」

「何度も言ってたさ。俺が聞かなかっただけで」

「そうね」


 少しずつ血の気を失い出した顔に笑みを浮かべ、フレアはそっと血を吐く。


「意地悪な……お兄さんなんだから。ハフは」

「ごめんな」

「良いよ。良いの……もう」




「アルグ様?」


 腕に抱き付いてこっちを見つめるノイエの手を引いて僕はその場から離れた。


 どうする? どうすれば良い? 完全に3人目を忘れてた僕のミスだ!


 立ち止まってノイエと向かい合いその肩に手を置く。

 こうなったら最終手段だ。後でどうにか誤魔化せば良い。全力で誤魔化せば良い。


「……リグでも無理よ」

「先生?」

「あの子の"お父さん"が一緒なら出来たかもしれないけど」


 赤く色を変えたノイエが、そう言って視線を地面に落とした。


「なら別の誰か……誰か居ないの?」

「治療魔法を使える人は居ない。リグだけよ」

「ならっ!」


 キッとこっちを睨みつけ、先生が震える口を開いた。


「貴方はあの子に助からない人の治療をしろと言うの? それが治療をする者に取ってどれほどの苦しみか知ってて言ってるの?」

「でも……」


 泣けてくる。自分の馬鹿さ加減に泣けてくる。

 あれほど完璧に相手の動きを制したはずなのに、たった1人の人間の存在を忘れた結果がこれだ。


 と、先生か僕に抱き付いて来た。


「貴方が悪い訳じゃ無い。きっと悪いのは私だから」

「先生はっ」


 フルフルと彼女は首を左右に振る。


「私が悪いのよ。弟子を死なせてばかりの最低な師匠なのだから」


 ポロポロと涙を溢し彼女は口を閉じた。


 僕以上にフレアさんとの関係が長かった先生が辛い訳が無い。苦しい訳が無い。

 なのに駆け寄って傍に泣くことも出来ない。それが今の彼女と言う存在だから。


「先生」

「良いの。ノイエの中で見ているから……だから最後は彼女の傍に居させて」

「……」


 たぶんそれが今の正解だ。

 ここで駄々を捏ねたって何も良くはならない。分かってる。


 それでも奇跡の1つぐらい起きても良いと思うのが人間だろう?


「絶望の中で……奇跡を願って何が悪い」

「……」


 色が抜けたノイエがいつもの彼女に戻って、


「だったら願うが良い。絶望の底に奇跡はあるらしいよ。旦那様」

「えっ?」


 ふと顔を上げたら……そこには目を閉じた栗色の髪をしたノイエが居た。


「あの子は運が良い。その身に奇跡を宿しているからね」


 誰だ?




~あとがき~


 先生よりも始末に負えないチートキャラ。出ちゃうんだ……ここで




(c) 甲斐八雲

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