アルグ様、まだ?

「お仕事したです~。頑張ったです~」


 昨日からずっと威張り続け、ケーキを我が物顔で食べているチビ姫は捨てておこう。

 メイド長が姿を消してから自由を満喫してるっぽい。


 ようやく大臣たちの視線で人を殺しそうな目から逃れられたし、本日はこれより報告会です。

 対ドラゴン遊撃隊の執務室に集まった事務方での会議なのです。パルとミルも居るけど近衛の仕事も含まれているから問題は無い。


「さて、現状の把握からしようかね。まずイネル君から」

「はい。コンスーロ様が急いで持って来た情報ですと……」


 ハルムント領の調査にクロストパージュ家が魔法戦士隊を派遣してくれた。

 結果として領主屋敷に居た人たちは全員死亡していた。当主であるウイルアム様を含めてだ。


 ただ僕はスィーク叔母様から手紙を見せて貰い全てを知っている。


 彼はこの世界から戦いを無くそうと夢見たんだ。

 それは悪いことでは無いと思う。誰だって夢見ることだ。でも実際には不可能だ。

 僕が本来居た世界なんて有史上ずっと戦争を繰り返している。多分そこには叔父様のように『戦いの無い世界を』と謳い奮闘した人たちだってたくさん居たはずだ。


 まあそんな哲学染みたことは今は良い。

 ただ後でノイエの家族に謝らないと。あの場所を作ったのが僕の叔父さんなのだから。


「クレアどうぞ」

「はい。ハルムント領に向かう街道に化け物が出るとの話ですが……」


 こっちは急遽兵を集めて出向いたシュゼーレのオッサンから連絡があった。


 街道を行き交っていたのであろう商人やハルムント領に向かった騎士などの遺体を回収している。

 でも犯人は見つかっていない。見つかっていないが、殺害現場に『大きな人型の足跡が複数発見された』と言う報告が来ている。


 最有力の容疑者であるオーガさんに『自首しなさい』と告げたら、空のワイン樽を投げつけられた。

 彼女がずっと王都に居たことは確認済みだ。


「たぶん移動方法を変えたんだと思う。現在ルッテにここ最近、この王都にやって来た大型の荷馬車の出入りを調べて貰っているから、そっちの報告を待とうかね。はい次」

「はい。アルグスタ様からの調査依頼で、近衛に共和国帝国の両大使館を見張って貰っていましたが……」


 パルが大国の大使館の方の報告をして来る。


 見張りのお陰で共和国の動きを察知して、事前にお城で待ち構えていたらしい。

 頼んだ僕への報告が後回しになった件は鮮やかにスルーされたけどね。


 ただチビ姫が頑張ったと自称してケーキを貪っている。

 お兄ちゃんに苦情を上げたら『代金はこっちに回して良いからしばらく好きにさせて欲しい』と……何だかんだで嫁に甘い国王様だ。


「幸せです~。キャミリーはこの国の子になれて幸せです~」


 幸せそうに両手でフォークを握った王妃様がケーキを貪り食っている。

 本当に幸せそうだから生暖かく見守っておく。


「で、ミルは何か報告あるの?」

「オレの方は特にないですね。強いて言えば……先日お城の何処かからとんでもない声が鳴り響いたとかで、あちらこちらから山のような問い合わせと苦情が」

「あ~。その件は容疑者不明で闇に葬っておいて」

「……はい」


 全員の視線が『何かやりましたか?』と言いたげだけど、僕は華麗にスルーする。


 最悪ノイエに歌の練習をさせていたとか言えば良いのだ。

 実際ノイエが歌うことなんて無いけど。でもちょっと聞いてみたい気もする。


「残りはモミジさんか。何かある?」

「特には無いですけど……アルグスタ様」

「何でしょう?」


 真面目な顔で彼女がこっちを見つめて来る。


「実家でお兄様とお姉様が壮絶な殺し合いをしたとかで……何か言いましたか?」

「ああ。変態娘が変態過ぎるから交換を願い出ただけ」

「誰が変態ですかっ!」

「変態と言われて過剰に反応しちゃう娘さんかな?」

「はうっ!」


 何故か腰を震わせてモミジさんが椅子に座った。

 とても澄ました顔をしているのが余計に怖いです。


「これでひと通り情報の共有が出来たってことで良いかな?」

「あっアルグスタ様」

「ほい?」


 慌てたイネル君が僕の元に来ると、懐から手紙を取り出した。


「メイド長さんからこれを」

「どうも」


 お礼を言って受け取り、チラッと封蝋を見る。

 家名等を示す物が押されていないから完全に個人の手紙かな?


 封を切って中身を確認する。


「……僕は王都に残って正解だったらしい」

「どうしたんですか?」

「ん? 今頃、ミシュが何かを呪いながら叫んでいるだろうなってね」

「はぁ」


 納得していないイネル君を仕事に戻るように促し、僕は椅子に深く腰掛けて外を見る。

 スィーク叔母様が夫の仇を取りに、馬鹿兄貴たちを追って行っただけのことだ。


「……ルッテはまだ~?」

「どうしてもう飽きた声を出すんですかっ!」

「だってノイエが居ないと寂しいんだもん」


 何故かクレアが頬を紅くして仕事に戻る。

 おかしいことは言ってないはずです。僕は早くノイエに逢いたいだけです。




 ユニバンス王国内西部方面街道



「これぐらいの行軍で音を上げるとは情けない。本当に近衛の精鋭ですか?」

「ちょっと待て。どうして馬よりも速く走る?」

「鍛え方が違うのです」

「ただ単に化け物なだけじゃ?」

「何か言いましたか駄犬?」

「言ったのは認めるけど剣を抜くほどのことは言ってないはず!」

「気分です」

「気分で斬りかかって来るな~! いやぁ~こんな場所で殺される~!」

「はっ! わたくしとしたことが……こんな場所でこの駄犬を殺したら、結婚出来ない病原菌がユニバンス中に」

「よ~しこのババア! 今日でお前の人生を終わらせてやるっ!」

「つまりこの場で返り討ちにすれば、売れ残りの在庫が消えて大助かりと言うことですね」

「みぎゃ~! 本気で斬りに来た~」

「安心なさい。まだ8割です」

「軽く全力かよ~! 死んじまえこの化け物ババアっ!」

「そのやかましい口は……首から切って黙らせましょうか」


 騎乗している騎士たちを追い抜き、小柄な少女と妙齢の女性が高速で駆け抜ける。

 そんな様子を走りながら見ていたノイエは……足を止めた一度来た道を振り返った。


「アルグ様、まだ?」




~あとがき~


 何故かノイエと別行動を選び王都に残ったアルグスタ。その理由は……次回に!




(c) 甲斐八雲

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