この刃では斬れないか

 一瞬何が起きたのか、カルロは理解出来なかった。

 偶然視界の隅に黒い影を見て頭を下げれば、頭上を何かが通過した。

 そして部下が転がり地面に落ちて行ったのだ。


 理解出来ない。

 それでも馬の腹を蹴る足を止めないのは、彼が誰を護る盾であるのかを体の芯から理解しているからに他ならない。


「止まるでないっ!」


 背後から響く主の声に、カルロは右手を剣へと伸ばした。


「あれは厄介な魔法ぞっ!」

「承知!」


 事前に打ち合わせは終えていた。

 多分敵は本隊に標準を合わせるはずだ。だから先回りされ襲撃して来てもごく少数のはずだと。


 現に敵は目に見える範囲で1人しか居ない。

 あの娘さえ突破すれば、クロストパージュ領は目と鼻の先だ。


「2人で突っ込み相打ちに持ち込む! 止まるな!」

「はっ」


 残る部下に声をかけ、カルロは決死の覚悟で片手で手綱を操る。

 正面からひき殺す覚悟での突撃だ。鍛えられた軍馬でなければ馬が逃げ出し回避してしまうが、いくつもの戦場を共にかけて来た軍馬は迷うことなく真っすぐ進む。

 と、また影が現れ隣に居た部下が胴体から上下に別れ地面に落ちて行った。


「っく! 食らえ!」


 部下のお陰で機会を得た。カルロはそう思い馬の前足で相手を蹴り飛ばそうとした。

 しかし軽く回避した娘が、軽く手を振るうだけで馬の前足が両方切断されて宙を舞った。


 声を上げる間もなく崩れ落ちる馬の頭も切断され、カルロは迷わず離れて地面を転がる。

 ゴロゴロと全身を激しく打ち付けながら、それでも握った剣を離さない。

 動きが止まり立ち上がった瞬間……主の馬が断たれるのを見た。


「やらせん!」


 駆け寄り娘に剣を振るう。

 黒く冷たい瞳が恐ろしく思える娘は、優雅に交わして背後に黒い塊を作る。

 影が具現化し拳を作ったのかと思うそれは、カルロに放たれた。

 寸前で回避したカルロは、背後で響く男性の声を聴いた。


「狙った……のか?」


 交わされると確信し、背後に居るウイルモットを狙った攻撃。

 カルロは相手が一筋縄ではいかないと知った。そしてこちらの圧倒的な不利も。


 片手で剣を構え警戒するように後退する。ジリジリと距離を離し、急ぎ指を咥えて笛となす。

 ピィーピィーと響いた音に反応し、残っていた軍馬が1頭戻って来るのを見た。


 チラリと背後を見れば、両方の膝から先を潰された主が必死に地面を張っていた。

 この状況でもまだ抗う姿を見て、カルロは主の幸運に任せることとした。


「お逃げ下さい。我が主」

「っ……くっ!」


 歯を食いしばり、寄って来る軍馬に手を伸ばす彼を掴んで馬の背に放り投げる。

 隙を伺っていた娘の攻撃が飛んで来て、カルロは左腕の肘から先を失った。


「お逃げ下さい我が主!」


 覚悟を決めてカルロは馬の背を叩く。

 走り出した馬に影が伸び、騎乗の主の背に槍のように数本突き刺さる。だが馬の首に抱き付く彼はその腕を放さない。

 カルロは影に対して剣を振るい切断すると、娘と向かい合った。


「追わせんぞ」

「……」


 ブツブツと何か声が聞こえて来る。

 カルロはそこでようやく相手が、終始呟いていたという事実を知った。

 耳を傾けると『誰にも渡さない。彼は私のもの。誰にも渡さない。彼は……』と聞こえるのだ。


(狂っているのか操られているのか)


 それでもカルロのすることは変わらない。

 右腕一本で剣を構えて、相打ち覚悟で相手に襲いかかる。

 何故か分からず相手の反応が遅れたこともあり、必殺の一撃を娘の首を目掛けて振るった。


 ガッと相手の皮膚に剣の刃が止まる。カルロはその感触に覚えがあった。

 強力な強化系の魔法。人の肌を鉄ほど硬くするなど……ユニバンス王国内でも数人と居ない。


 だから気づいた。余りにも印象が違い過ぎて気づけなかったが、ようやくカルロは気付いた。

 彼女は王城内で有名な女性だったからだ。その容姿と血筋、何より経歴が突出していた。


『フレア・フォン・クロストパージュ』


「この刃では斬れないか」


 彼女の強化系魔法に挑んだ騎士は数知れず。

 誰もが剣の刃を欠けさせ直す費用に泣かされたものだ。


 無表情でフレアが動き……カルロの頭が首から断たれて地面を転がる。

 呆気無いほど容易く護衛を殺した彼女は、逃げていった標的が居る方に手をかざした。

 それに反応し、近くに居たドラゴンたちが我先にと走り出す。

 結果など気にもせず彼女はゆらりと歩き出す。


 自分の邪魔をする者を全て殺さなければ、彼を手にすることが出来ないからだ。

 だから次はユニバンスの王都に出向き……王を殺す。


「彼は私のもの。彼は私のもの。彼は私のもの……」


 壊れた蓄音機のように何度も同じことを呟き続け、フレアは影の中へとその身を沈めていった。




「あれ?」


 持っていたティーカップの取っ手が折れた。

 中身を飲み干したところだったから大惨事にはならなかったし、何より咄嗟にノイエが手を伸ばして掴んでくれている。もしかしたら中身入りでも溢さず掴んでそう。


「と言うか……身内から貰ったこの手のカップが割れるとか嫌な感じだね」

「はい」


 抓んでいる取っ手とノイエが持つカップを交互に見る。

 使用頻度が高かったから壊れただけかもしれないけど、これってパパンから貰った高級品なんだよね。


「つまりパパンが王弟様の所で、メイドの尻を追いかけ蹴り殺されたか?」

「不敬を通り越して反逆気味ですよ? アルグスタ様」

「な~に。家族同士の軽い陰口ですって」


 パルのツッコミを軽く受け流して、ノイエからカップを受け取る。

 と、パキッと言ってカップが真っ二つに割れた。


「……何これ?」


 どんなフラグですか? これ?




~あとがき~


 闇落ちフレアは次に現王を狙う。そしてお約束を食らう主人公でした




(c) 甲斐八雲

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