最善を尽くさせていただきます
「良いの。良いのよ。み~んな私のことなんて、何とも思って無いのよ。
新年になって挨拶に来てくれたのはシュニットだけで、その後ハーフレンが1回でしょ? で、アルグスタなんて今日よ今日。もう新年を迎えてどれくらいたったのかしらね? 私の新年はようやく始まった気がするの。
でもお義母さんは知っているのよ。みんなお仕事が忙しいって。だから仕方ないのだと知っているのよ。でも別に遠くに行っていた訳じゃ無いんでしょ? だったら少しぐらい顔を出してくれても良いと思うのにね」
「済みません。新年は遠くに行ってました」
「……なら仕方ないわよね。遠くに行ってたら仕方ないわ。
でも戻って来てからもう何日? その間ずっと仕事が忙しかったとか無いわよね? やっぱり血が通って無いから、お義母さんてばこの子に嫌われているのかしら?」
「ごめんなさい。仕事が本当に忙しかったんです。今も厄介な案件を抱えてまして」
「そうなの? だったら仕方ないわよね。お仕事ですものね。夫たる貴方は確り働いて家族を養わなきゃいけないんですものね。
確かに私たちはもう隠居してこのお屋敷に暮らす寂しい老夫婦だけど……でも毎日が暇で暇で仕方ないのよ。少しぐらい遊びに来てくれても良いじゃないの~!」
本音というか、結構前から本音丸出しだったけど、全ての胸の内を晒してラインリア義母さんが泣き出した。ノイエをガッチリと抱きしめてのマジ泣きだ。
人形のように背中から抱きしめられているノイエは、いつも通りの無表情で……気のせいか普段の3倍ぐらい表情が抜け落ちてる気がする。
泣き続ける義母さんはお嫁さんに丸投げして、隣に居るメイド長にチラッと視線を向けた。
「どうしたの?」
「はい。暇を持て余し過ぎて娯楽が欲しいと申しましたので、アルグスタ様に不満をぶつければ、何か楽しいことを教えてくれるでしょうと告げ口してみた結果にございます」
「余計なことを」
確かに色々とあり過ぎてこっちに来なかったけど、ただそれには理由もある。
お兄ちゃんはそうでもないけど、馬鹿兄貴の方がまだ義母さんとノイエが会うことに難色を示しているのだ。こんなにも仲良く……ノイエさん。表情が死に過ぎてますよ。もう少し頑張って。
どうもノイエは対応が困難になると現実逃避する傾向が強すぎる。結果人形のように振る舞ってしまいがちだ。
「それでアルグスタ」
「泣き止んだっ!」
今までの涙はどこに消えたと聞きたくなるほど、ケロッとした表情で義母さんがこっちを見る。
「面白い話を聞かせてくれるのでしょう?」
「えっと……面白く無い話ばかりなんですけど?」
「ダメよ。私は面白い話が好きなの」
ギュッと背中からノイエを抱きしめて義母さんが言う。
「私はね、基本どんな物語も幸せに終わって欲しいの。現実は悲しいことが多いけど、それでも笑って終わって欲しいのよ。だから必ず笑える話にして欲しいの。分かる?」
首を傾げて問うてくる義母さんから、視線をメイド長へと向ける。ついでに非難の気持ちも上乗せしてだ。
歴戦のメイド長は僕の視線なんてどこ吹く風だ。鼻で笑って受け流したよ。
「アルグスタは知らないでしょうけど、私はフレアのことを我が子のように……我が子だと思って育てたのよ。大半はハーフレンが育てたけど、ハーフレンを育てたのは私だから間違って無いわよね?
でもおしめとか取り替えたって話は、私としても『どうかな~』って思うんだけどね。ああでも夫婦になれば、それ以上恥ずかしいことをするから問題無いわよね?
私だってハーフレンのおしめを取り替えたことあるし、あの人のおしめを取り替えたことも」
「ラインリア様。ご子息が泣きそうな顔をしていらっしゃいます」
メイド長……出来たらもう少し早くにストップして欲しかったです。
脱線に気づいた義母さんが、少し恥ずかしそうに頬を紅くした。
「ああごめんなさい。でもあの人ったら、子供を産めない私を楽しませようと頑張ってくれて……本当に赤ちゃんになるのが上手なのよ」
「話のお続きを。勿論そっちでは無くて」
「もう。スィークは真面目ね。少しは夫婦の先輩として」
「貴女たちの営みは少々特殊ですから」
うちも十分特殊だと思っていたけど……赤ちゃんプレイしてたのこの夫婦?
つまりノイエの将来の為に僕も頑張って赤ちゃんになりきることが必要であると。
「アルグスタ様。奥方がとても冷たい目をしていますよ」
「……気のせいです。普通のノイエです」
確実にノイエの視線が冷たくなっていた。
たぶん色を変えずにノイエ以外の誰かが出ているのかもしれない。
「で、どこまで話したかしら? そうそう……だから私はフレアを娘だと思っているのよ。大切な大切な娘なのよ。私が愛した娘をもうこれ以上失いたくないの。娘を失うなんて悲しいことは一度きりで十分よ」
寂しそうに笑って義母さんが改めてノイエを抱きしめ直す。
あ~。たぶんグローディアかな? 抱きしめられて泣きそうな感じになってるし。
「だからアルグスタ」
「はい」
顔を上げて義母さんがこっちを見る。
竜の目のような瞳でだ。
「フレアを救い出してあげて。あの子はとても繊細で弱い子だから……ハーフレンと協力して必ず救い出してあげて。お願い」
コクンとノイエが頷いていた。
彼女じゃなくても"ノイエ"が頷いたんだ。
「分かりましたリア義母様。最善を尽くさせていただきます」
先生に続いて義母さんまでもか。でもそれはフレアさんの人徳だろうな。
だったら救い出すまでだ。で、その後に馬鹿兄貴との話を存分に楽しませて貰おうかね!
~あとがき~
お義母様からの無茶振りを承諾したグローディア。それを見てアルグスタのやる気スイッチが完全に入りました。遅いよっ!
(c) 甲斐八雲
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