喧嘩売りに来たのか?
「退避所から死体安置所に変わってら~ね」
登城早々にこの目に飛び込んで来たのは、向かい合う形で置かれているソファーの2つを占領する死体だった。
多分生きてはいるはずだけど……近衛所属の事務担当、パルとミルが完全に燃え尽きて寝ていた。
着ている服のくたびれ具合から帰宅することも出来ずに働き続けたのかな? 日本だったら一発アウトだけど、一応前国王の娘である訳だから『自宅で家業の手伝いをしていた』と思うとブラックさが薄れるのは何故だろう?
「とりあえず邪魔だな」
「捨てて来る?」
「ん~。それは可哀想だな」
「はい」
パンパンと手を叩いてみるがメイド長が姿を現さない。
今日は前王妃様の所かな? そうなると……と悩んでいたらイネル君が姿を現した。
「おはようございますアルグスタ様。ノイエ様」
「どうも~」
「ああ。その2人だったら少し休ませてあげてください。3日も帰宅できずにずっと資料整理で大変だったらしいので」
そう言う彼は両腕で毛布を抱いていた。
「登城した所を襲撃された感じ?」
「いいえ。来たらドアの所で力尽きて寝てました」
ここの執務室は基本イネル君が一番最初にやって来る。
鍵当番も兼ねているが、甘えん坊のお嫁さんを少しでも長く眠らせてあげる為の優しさだ。
「って、いい加減同居とか始めたの?」
「……はい」
「おや? 僕の所に身元保証人の話は来てないけどな~」
ニシシと笑ってあげると、イネル君がうっすらと頬を紅くした。
「住まいの方はケインズ様が手配してくれました。
小さくて手狭ですけど……2人でいつも一緒に居れるので気に入ってます」
聞けばパン屋の2階の部屋で暮らしているらしい。
今までメイド暮らしをして来たクレアには辛かろうと思ったが、クロストパージュ家は基本『自分で出来ることは自分でやれ』が信条らしいので平気とのことだ。
「だったら『自分の借金は自分でどうにかしろ』と、君の義理のお父さんに伝えてくれるかな?」
「言えませんよっ!」
プリプリと怒りつつもイネル君はソファー組に毛布を掛けて回る。
この手の優しさにクレアさんはコロッと落ちた訳ですな。
「で、君の所のお嫁さんはどうよ?」
「……今朝もベッドの上で膝を抱えて蹲ってました。正直ショックだったんだと思います。普段はあれですがクレアはフレア様のことを慕ってましたから」
「だよな」
姉妹の仲はたぶん悪く無かったはずだ。
クレアはフレアさんのことを慕っていたはずだし、フレアさんもクレアを可愛がっていた。
ただ何が起きたのか全く分からん。唯一の救いは先生が姿を現さないことだ。
『貴方が何もしないからっ!』とか言って往復ビンタを食らう覚悟で居たんだけど、昨夜は一晩中ノイエ越しにホリーを抱きしめて居た。
本当にギュッとしているだけで……一度も貪られることは無かった。
ちょいちょいキスはされたけど、うちでのキスは挨拶ぐらいなので問題無い。
「……おはようございます」
「あっクレア」
弱々しい挨拶に気づいたイネル君が駆け寄る。僕も視線を向けるが、顔色の悪いクレアが居た。
「無理すんな~。お前は基本打たれ弱いんだから」
「……はい」
普段なら噛みついて来るのにこの体たらくだ。
イネル君に支えられて自分の机へとたどり着いたクレアは、俯き机の天板を見つめる始末だ。
冬期は開店休業なのが対ドラゴン遊撃隊の特徴になりそうなので、ここはひとまずあれだな。
「ちょいと近衛に行って来るわ。ノイエ」
「はい」
先に僕の椅子に座っていたノイエが横に来た。
「パルとミルが起きたらとりあえず屋敷に帰らせろ。こんな所で寝るよりそっちの方がいい」
「分かりました」
「なら後宜しくね~」
ノイエを連れて僕らは部屋を出た。
「慌ただしいね」
「……アルグか」
置き物と化していた馬鹿兄貴が顔を上げる。
椅子に座っているだけなのに……今にも人を殺しそうな表情をしていた。
「顔が怖いわ。で、パルとミルが限界らしくうちに逃げて来たんだけど?」
「そうか。無理をさせたか」
我関せずと言った感じにイラッと来る。
気持ちは分からなくも無いが、だからって部下を駒のように使うのは許せん。
「ったく。いい加減にしろ」
「……何だと?」
ギラッと睨んで来る相手に、ノイエが一歩前に出て壁となる。
「探したければ自分で探せよ。今まで放っておいて結果のこれだ。恥ずかし過ぎて笑えて来るわ」
「お前……喧嘩売りに来たのか?」
「ああそうだよ」
立ち上がった馬鹿王子の気配に、動き回っていた近衛の人たちが固まった。
「これはお前の喧嘩だろうに……そんな喧嘩にパルとミルまで巻き込むな。
副団長の権限であの2人を預かる。文句なら僕を副団長にしたままのシュニット王に言え」
「……」
凶悪な視線をこっちに向け、馬鹿兄貴はそのまま椅子に座った。
「好きにしろ。だが預かるのなら仕事をそっちに回すぞ?」
「好きにしろ。うちは現在暇を持て余している!」
言ってノイエの腕を引いて部屋を出ていく。
本当に気に食わないな。うちが暇なことぐらい知ってるだろうに。
ちょこっといつもの感じで『アルグ~頼むわ~』と言えば良い物を!
なに必死アピールして『世界で一番苦労してます』な感じを出してるんだよっ!
「む~!」
立ち止まり軽く吠える。
アホ毛を震わせたノイエが急いで僕を見た。
「アルグ様?」
「ノイエ」
「はい」
珍しく若干目を見開いているノイエを見つめて、
「今日は帰ったら膝枕してね。撫で撫で付きで!」
「……はい」
嬉しそうに抱き付いて来るお嫁さんがせめてもの救いです。
~あとがき~
義理の妹たちの酷使に堪忍袋の緒が切れる主人公。基本身内には優しいのです
(c) 甲斐八雲
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