そろそろ結婚したいです

 反乱軍の消滅で全てが終わる訳ではない。

 首魁であった人物はあろうことか大将軍である。近衛も副団長が協力していたこともあり、両方に対して国王ウイルモットの厳しい指示が下された。


 徹底的な調査だ。


 人物、資産、運営費などなど……ありとあらゆる部分に調査が入り、必要であれば関係者の懐まで調べられる。

 別の容疑で尋問を受ける者を複数産みながらも、宰相見習いであるシュニット王子の指揮の下で全てが洗われて行く。




「それにしても杜撰だな」


 呆れ果てながらも新しく大将軍となったシュゼーレは、前任者の仕事内容に肩を竦め続けていた。


 余りにもおおらか過ぎて……ぶっちゃけてしまえば部下に大半を丸投げしているのだ。

 その部下が信用出来るのなら問題など無いが、生き残っている元部下の大半が現在別件で尋問を受けている。

 多くは『横領』と言う罪名でだ。


「シュゼーレ様」

「どうした」

「はい。新たに隠されていた帳簿らしき物が発見されました」

「またか」


 何冊目となるのか分からない裏帳簿の発見だ。

 本当にうんざりしながらも……それでも仕事である都合、彼は全てに目を通し調べなければいけない。

 軍の再編。人員の再編。それにドラゴンの対応とこれを相手にしなければいけないのだ。


「私はこの調査で衰弱死する為に、この地位を押し付けられたのだろうか?」

「大将軍様。少々お言葉が」

「受け流せ。愚痴の一つも言いたくなる」

「確かに」


 派閥の力が動いたとはいえ、先の大将軍にその地位を与えたのは国王なのだ。

 だったらその監督不行き届けも国王自らが責任を取るべきなのだが……流石にそんな恐れ多いことは口に出来るはずもなく、シュゼーレはグッと我慢して飲み込んだ。


「それでシュゼーレ様。発見した帳簿は?」


 副官と愚痴を言い合っていた大将軍はその言葉で現実に戻る。

 手伝いをしている人物が発見した帳簿を抱いたままだった。


「全てに目を通すから置いておいてくれ」

「はい」


 前大将軍の元でちょっとした雑用係をしていた人物が抱えていた帳簿を部屋の一画に置く。

 彼にも調査が入ったが、どんなに叩いて埃1つ出て来なかったのでシュゼーレは手元に置くことにした。


 仕事は的確で何より真面目な性格の彼が、何故重宝されなかったのか疑問に思ったが……たぶん真面目過ぎる所が仇になったのだろうとシュゼーレはそう思っていた。

 だが今の仕事に関して言えば、真面目過ぎるのは長所になる。


「しばらくは無理をさせるが確りと調べてくれ」

「はい。自分もシュゼーレ様のお役に立てて光栄です」

「そうか。頑張ってくれ」

「はい」


 一礼をして彼は仕事に戻る。

 その背中を視線で負うシュゼーレは、何故か言いようの無い不安に狩られた。


「どうかしましたか?」

「否……何かを見落している気がしてな」

「はぁ」


 副官が気の抜けた返事を寄こす。

 シュゼーレはそれを受け流し、何が気がかりなのかを思案した。

 だがその時は思い至ることが出来ず……後日彼がそのことを知った時に激しく後悔した。


『あれほど真面目なのであれば……どうして上司を告発しなかったのか?』


 報復を恐れてと言う理由ではなく、彼もまた罪を犯していたのだ。

 否。罪を犯している自覚など無い。自分は『大陸の為に正しいことをしている』と信じていたのだ。


 彼が犯していた罪……それは、ある場所に存在する施設の存在の隠ぺいと運営資金の横流しであった。




「師匠~」

「何ですか駄犬?」

「そろそろ結婚したいです」


 結婚するには適齢期の後半に差し掛かった弟子の言葉に、師であるスィークは僅かに視線を逸らした。


「……諦めなさい」

「嫌だぁ~! 私も結婚したいんだよ~!」


 とある馬鹿王子が5人も妾を得たと知ったミシュは、最近ことあるごとにその言葉を口にする。

 優しい優しいメイド長は……生温かな視線を彼女に向けた。


「ミシュ」

「何だよう?」

「諦めなさい」

「はっきりと目を見ながら言い切るな~!」


 自分なりの優しさを跳ね除ける弟子に少々メイド長のご機嫌が斜めになった。

 と、その気配を感じたミシュは……ゆっくりと視線を向けて後悔したが引き下がらなかった。


「どうやら諦めと言う名の引導を渡す必要があるらしいわね」

「……へん! もうこの生活にうんざりだっ! 化け物退治をして私は自由になってやる!」


 伝説と現役の暗殺者の激闘は半日ほど続き……べそをかきながら『さっさと死ね~! この化け物~!』と逃げ出したミシュの敵前逃亡で幕を下ろした。


 それ以降ミシュは師匠から逃れ続け、そしてスィークは裏から色々と手を回して弟子の見合いが失敗するように仕向けたそうだ。




 時は流れ……また新しい年を迎えた。



 14歳の半ばで騎士見習いとなり近衛の魔法隊に所属したフレアは、半年の研修期間を終え15歳となった。


 新年の儀式が執り行われ……その次に行われるのが新たに騎士になった若者に対する叙任式だ。

 15歳以下でも『使える者にもっと活躍の場を』と言う話も出ていたが、国王ウイルモットが首を縦に振らない。成人を15歳から18歳へ変更する案すら口にしたほどだ。


 それは王国軍や近衛、城に仕える政務官たちからも『欠員補充』の要望が強まり、渋々国王が折れて流れたが。

 それが無ければフレアはまだ騎士にすらなれなかったかも知れない。


 彼女は遂に騎士となる機会を得たのだった。




~あとがき~


 残務処理という強敵と向かい合う大将軍。

 ですが彼は自身が使っていた部下がまさか…。

 この部下が横流ししていた資金などはとある施設の運営に使われるのでした。

 結果として将来アルグスタに糾弾された時に彼は何も言い返せなかったのです。


 でミシュが周りに即発されて結婚したい病に。

 ですが心優しいメイド長は彼女に現実を教えるのです。

 決闘からの決別…これ以降メイド長は彼女の見合いの妨害を繰り返し、結果としてミシュは完璧な売れ残り商品と化すのでした。

 のちのちアルグスタに結婚出来るように脅したのは…少しぐらい罪悪感があったのかも?


 フレアは15となり無事に騎士となることとなりました。

 周りからは『何故?』と思われますが、ね。




(c) 甲斐八雲

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