誰の言葉だったかな~

 本来の彼らは称賛されるべき人々なのだ。

 命を賭して敵国から祖国を護る剣となり、盾となり、戦い続けた勇者たちだ。

 それが何故……このような場所で酒を飲み管をまいているのか。見てて腹立たしくなる。


「俺たちの戦友に何してるんだお前?」

「俺じゃなくて……ミシュ?」


 逃げ出した駄犬にようやく気付いてハーフレンは辺りを見渡す。

 少し離れた場所で上半身裸の兵を背後から襲っている馬鹿を見つけて納得した。

 もう少しメイド長の所に預けて人間の何かを再調教して貰わないとダメらしい。


「聞いてるのかっ!」


 掴むように伸びて来た腕を払って勢いのまま反転する。

 軽く相手の後頭部に裏拳を叩きこんで思い出した……相手が駄犬やメイド長では無い事実を。


「大丈夫か? 突然転んで?」


 確りと手の甲に相手の感触が残っているが……言い訳することは大切だと言わんばかりに一応言ってはみた。完全に目を回し地面の上に伸びる男はピクリとも動かない。

 まあ呼吸はしているから大丈夫だろうとハーフレンは判断した。


 ただ……周りの空気が痛いほど変わって、彼はポリポリと頭を掻いた。


「あ~うん。今のは悲しい事故だな」

「事故だと? 殴っておいてか!」

「急に掴みかかって来たから反射的にな」

「ふざけるなっ!」


 また新たに男が突進して来る。

 身を低くして襲いかかってくる様子と、彼の背後に居るもう一人の姿を捕らえ……ハーフレンはこの後を予想する。


 掴まれ押し倒されたところに背後のもう一人が殺す。

 確実に敵兵を一人は殺せる良い方法だ。こちらの被害は最低で一人なのだから。

 だがハーフレンは組み付いて来た男の突進を受け止めると、背後から飛び出して来た男の顔面に拳を入れて迎撃し、その勢いで腰に抱き付く男の後頭部に肘を落とす。


 あっさりと必殺の攻撃をしのいだ彼は、軽く肩を回して首を鳴らした。

 分かっている。彼らの不満も何もかも。

 ただ何も考えずにこうして体を動かしていると、体が軽くなって何処までも行けそうな気がして来るのだ。


「もう面倒だ。まとめて掛かって来い」

「ふざけるなっ! この騎士がっ!」


 まだ新しい鎧と若い風貌から、若手の騎士にからかわれたと思い込んだ兵たちが奮起し襲いかかって来る。殴り合いの場に身分を持ち出すのは無粋とばかりにハーフレンは何も言わずに殴り返す。

 血の気の多い者が集まっている場所で起こった殴り合いを止める者など居ない。むしろ参加する者が増えて辺りは騒然とするばかりだった。




「慌てて来れば……」

「おっちゃん。遅かったね」


 ハーフレンが『王国軍の待機所に向かった』と言う報告を聞き急いで駆け付けたコンスーロは、ある意味で想像通りの展開に頭を抱えた。

 そんな彼の様子を樽の上に腰かけたミシュが足をプラプラさせながら見つめる。


「どうして止めなかったんですか?」

「あれが止まるの?」

「ああなる前に止めれば良いでしょうが!」


 不真面目を絵にして小柄にしたような存在に普段静かなコンスーロも声を荒げる。

 だがケラケラと笑うミシュはそんな声も右から左だ。


「良いんだよ。あの王子はああした方がいい」

「……理由は?」

「あれだって狂ったうちの1人だからね」


 彼女の言葉に慌てたコンスーロが辺りを見渡す。

 誰もが喧嘩の方に夢中になって居て自分たちの方など見ていない。


「大丈夫だよ。このミシュさんはその辺抜かりないから」

「……」


 訝しむような彼の視線を受け流し、ケラケラと笑うミシュは言葉を続ける。


「あの日あの場所で狂ったのは3人……まっ厳密に言うと2人だね」

「貴女は違うと?」

「そ。だって私の場合は最初から狂ってるしね」

「……」


 またケラケラと笑い、ミシュは樽の上で足の裏を合わせるようにして座り直した。


「あの日確かに何かに見られた。これは"あれ"を経験をした人の共通した認識だ~ね」

「そう報告を受けています」

「で、"あれ"は結局年頃の少年少女の何を見たんだろうね?」

「……」


 言われて初めて気づく。

 確かに『見られた』と言う報告を受けているが『何が』や『何を』と言った言葉は無い。


「で、私も見られた訳だけどさ……たぶんご希望に沿えなかったのか本当にチラ見程度だったよ? 失礼しゃうよね。こんな美少女を捕まえて!」

「少女と言う年齢では」

「煩い黙れ。下の物を毟ってお前の口に放り込むぞ」

「……」


 年齢の話は危ないと言うことを確りと学んだコンスーロは口を閉じた。


「で、たぶんだけど……"あれ"の興味を引いた人が長く見られて心を病んだんだろうね」

「……」


 違った意味でコンスーロは沈黙した。

 一番酷く心を壊された存在を知っていたからだ。


「で、話を戻して……"あれ"は何を覗いたんだと思う?」


 ピンと指を立てて少女は笑いながら質問して来る。

 少し考えたコンスーロは、彼女の言葉の中に答えを見つけた気がした。


「心……ですか?」

「どうだろうね。私は"あれ"じゃないからわっかんないけどさ」

「……」

「でも人の心を覗き込んだ"あれ"は何を見たかったんだろうね? 私に無くて誰かの心に会った物……その謎が解ければ誰かの壊れた何かも戻るのかもね」

「そうですか」


 呟きコンスーロは殴り合いに興じる王子を見た。


 流石に多勢に無勢なのもあって、彼は容赦なく隠していた胡椒や塩を投げている。

 ユニバンス王国の歴史上……胡椒を投げる王子など見たことも無い。

 その様子に腹を抱えて笑う少女に厳しい視線を向けながら、コンスーロは深く息を吐いた。


「それであの喧嘩と何処に繋がるのですか?」

「ん? 決まってるじゃん。喧嘩に理由なんて無いよ」

「……はぁ?」


 ぴょんと樽の上に立ってミシュは軽く背伸びをする。


「だから暴れるのに理由なんて無いの。あの馬鹿は馬鹿なんだから何も考えずに体を動かしていれば良いのに……頭を使うから動けなくなるって師匠が言ってた」

「王子の地位からすればそれが正しいはずですが?」


 ケラケラと笑い少女は樽の上から降りた。


「正しいことが正解じゃ無いこともあるんだって。誰の言葉だったかな~」


 軽い足取りで彼女は喧嘩の場へと踏み込んでいく。

 コンスーロも頭を振ってそれに続いた。




~あとがき~


 ミシュが意外と真面目だった件w


 命がけで戦い帰って来たら白い目で見られる人たち…正直たまったもんじゃないでしょうね。

 それを目の当たりにしたハーフレンがどのような行動をとるのか?




(c) 甲斐八雲

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