ただの隠居だよ
「久しいな。ハーフレン王子」
「お久しぶりにございます。バローズ様」
「良い良い。私はもう地位を失ったただの隠居だよ」
畏まり挨拶する王子に、初老と呼ぶにふさわしい男性が優しく笑う。
先の事件で弟子が引き起こした問題を理由に隠居してしまった人物……バローズ・フォン・クロストパージュはやって来た一行を向かい入れようとする。
「……済まんな。一人暮らしで広くない」
「大丈夫ですバローズ様。お前たちは外で待機して居ろ」
「「はっ」」
信用の置ける部下と副官のように扱うコンスーロに周りの警戒を委ね、ハーフレンは客車の中から大切にそれを抱き上げて運んだ。
事前に手紙でことの全てを伝えられていたバローズも手を貸し、ハーフレンは綺麗な布で包まれている“者”をソファーへと運ぶ。
「それが……?」
「はい」
静かに解かれた布の下から現れた存在を見て、バローズの眉間に皺が寄る。
彼女は兄の息子の娘にあたる人物だ。同じ一族の見目麗しい可愛い娘だと聞いていた。
だが今晒しているのは、栄養不足で死んでしまいそうなほど細くなった姿だ。
「フレアです」
「そうか。この子がな」
「はい」
きつく抱き締めたいが折れてしまいそうな少女に、ハーフレンの力は行き場が失い代わりに心の中で激しくのたうち回る。
護ると誓った存在が、今にも消え失せてしまいそうなのだ。
少女の様子を確認したバローズは、一度離れて椅子を引いて来る。
それにゆったりと腰かけて……来訪者である王子を見た。
「最初に問おう。私はあのグローディアとアイルローゼを弟子に持つ者だ」
「関係ありません。貴方が王家に対してどれほどの忠義を尽くしたのかは、国王陛下より聞いています」
「だがそんな陛下も私を庇い切れなかったがな」
笑ってバローズは自分の頭を叩いた。
加齢で少々量が減っているが、それでも白髪交じりの金髪は健在している。
「バローズ様が『"もう辞める"と我が儘を言った』と陛下から伺ってますが?」
「二人だけの話にしてくれと言ったのにな……あの人は」
やれやれと肩を竦めて男は息を吐く。
「王子も体験したはずだ。狂った子供たちを捕らえる為に私も現場に出た」
「はい」
「……分かっている。この国は攻められ続けて苦しい状況だった。だからこそ子供たちの教育も疎かになり、何より子供を戦場に出す愚策を繰り返した」
「ですがそれは国を護る為に」
「そうだ。だが国民から見れば我々は何であろうな?」
一度話を止めてバローズは茶の支度をする。
紅茶を注ぎ戻って来た彼は言葉を続けた。
「支配し搾取するだけの存在だ。だったら戦いに負けて支配する者が交替することに何の問題がある? 結局は我々貴族や王族の都合で国民は苦しめられているだけなのだ」
「……」
「国民を思うのであれば、我々は早々に降伏すべきだった。そう言ってウイルモット王と喧嘩になってな……私は城を出ることを選んだのだ。言葉は悪いが運良く城を出る理由も出来たことだしな」
彼は魔法使いとしてよりも相談役として優れていた宮廷魔術師だ。
故にその存在を手放したくなかったという父親の言葉は良く良く理解出来る。
「私の恥ずかしい出奔理由は語った。次はそちらの番だハーフレン王子」
「……」
バローズは組んだ腕を足の上に乗せて……老いてはいるが鋭い眼光を向けて来た。
「何があった? ブシャールで?」
覚えていることは多くない。
ただ砦まであと少しと言う所で、雪が街道を塞ぎ行く手を阻まれた。
輸送隊の指揮官であるハーフレンは、部下たちに雪かきと防御陣形の構築を命じた。
何一つ間違っていないはずだった。
ミシュエラには近くの木々の間を調査するように命じ、自分は雪かきの方を手伝う。
物資の方にはコンスーロを向かわせて、一応何かの為に魔法使いたちを配置した。
敵が見えたらすぐに攻撃できるようにと、魔法使いたちをちょっとした丘に配置したことを……ハーフレンは後悔し続けている。
ピィィィィっと指笛が響いた。それはミシュエラからの警戒の合図だ。
合図があっても新兵だらけの隊は反応が遅れた。
最初に狙われたのは魔法使いたちだった。
炎が立ち上り、次いで矢が降り注いだ。
ハーフレンは思わず駆け寄ろうとして不意に目の前が真っ暗になった。
そして覗かれた。
圧倒的で強力な何かに全てを覗かれ……そして隠している物すらも見られた。
気づけば真っ赤に染まった雪原の中にただ一人立っていた。
生き残った味方に聞けば、襲って来た敵兵を一人で殲滅したらしい。記憶は全く無かったが。
合流したミシュエラも同様に、挟撃しようとしていた敵兵を発見し交戦。
気づけば全員を殺していたらしい。
最悪だったのはフレアが居た魔法使いたちだ。
最初の魔法攻撃。ついでの矢で全滅したかと思われたが……駆け付けたコンスーロが真っ赤に染まる雪原の中からフレアだけを救い出し戻って来た。
あとの者は全員死亡していた。敵も味方も、だ。
「それでこの子は罪悪感を抱えてこのように?」
「……はい」
話を聞き終えたバローズは何とも言えない表情を見せた。
狂った子供たちからの聴取と大半が同じだ。だが問題は……狂った子供たちがまだ三人も捕らわれずに残っているということだ。
「その報告は誰に?」
「国王陛下に」
「そうか」
つまりウイルモット王が握り潰したのだ。
気持ちは分かる。狂った子供らの大半は一過性の物で、僅かな時間で正気に戻っている。
バローズが捕らえた子供たちも大半が自ら出頭し縄に付いた。
一部の例外を除いて。
~あとがき~
バローズさんは他国と激戦となった辺りから国王に『自分たちの首を差し出して国民の命だけは救うよう申し出ましょう』と言って口論になってました。
バローズさんは自分たちよりも国民の生活を優先し、ウイルモットは王として国の存続を優先しました。
結果として仲違いし、『もう辞めたいんですけど?』と言っていた所で例の事件が発生しました。
なぜ今まで登場しなかったのか?
答えとしては存在を忘れていたのと、アイルローゼの師匠なら学院で出せば良いやと思っていたら…学院での生活を書ききれなかったのでw
学院の番外編を書けば登場するはずです…たぶん?
(c) 甲斐八雲
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