希望を絶望に、か
「ふむ」
国王ウイルモットは、自身の手元に届いた報告書に目を通し息を吐いた。
送り主はキルイーツ・フォン・フレンデ。内容は……治療魔法についてだった。
彼が弟子として手に入れた亡国の魔法式を宿す少女を元に作られた治療魔法……それはある一定の成果を上げることが出来ると報告を受けている。だがやはり他の魔法同様に患者に強い痛みを与える魔法だ。
故に王妃には使えないと判断された。
そして彼は最後にこう綴っていた。
『不可能魔法とは研究する者を絶望の淵に叩き込む魔法である。今後二度と研究することを推奨しない方が良い。さもなければ自分のように心を折られ魔法に対して絶望することとなるであろう』と。
支援してくれた国王への感謝の言葉と……そして彼は研究の放棄も記していた。
「希望を絶望に、か。まさに今の我が国だな」
皮肉めいた手紙の内容は偶然の一致でしかない。
だがユニバンスは建国以来最大の危機に直面していた。
北西には軍事大国の帝国が、北東には経済大国の共和国が、それぞれが兵を動かしこの小国に攻め入ろうとしている。
ようやく内なる混乱が収束して来たと言うのに……本当に皮肉でしかない。
「だが絶望を抱いて戦うしかないのだよ。それが国を護ると言うことだ……キルイーツよ」
報告書を皿に入れ国王は火を点ける。
彼は絶望で心を折ることを許されない。どれほど折られようが立ち向かい続けるしかない。
それが国を預かる王と言う者の宿命でしかないからだ。
「……」
フレアは何とも言えない気持ちで学院内を駆けていた。
前線での激戦が伝わる度に学院から生徒の数が減って行く。
魔法使いの補充先としてこの学院の生徒に白羽の矢が立つのは仕方の無いことだ。
でも……それでもやはり心苦しい。
いつも通りに研究室に飛び込み、大きく呼吸を整えた。
「どうしたのフレア? そんなに慌てて」
「えっ? ……何でもありません」
「そう」
師であるアイルローゼも最近では武装を作ることが増えている。
その手伝いをするのは弟子であるミローテとフレアだ。
ソフィーアは自分の屋敷に戻りはしたが、それ以降学院にはあまり出て来ない。何でも領地の運営が上手く行かず、多額の借金で苦しんでいるのだそうだ。
彼女の結婚はその借金の穴埋めの為に、格下の貴族に嫁ぐこととなっていたらしい。せめてもの配慮で彼女の両親は許嫁と会う機会を増やし2人の仲を深めた結果……戦争で全てが水泡に帰した。
最悪なことに許嫁と肉体関係を持っていたと言う噂までが流れ、彼女の婚姻先は未だに決まらない。
『自分の娘を売らなければ領地を維持できない者など貴族の地位を返上すれば良い』とフレアは思うが。
フレアは師の手伝いをしながら、ふとその名前を目にした。『カミーラ』だ。
「先生」
「なに?」
「この武装はどのような効果が?」
「ん?」
気怠そうに視線を向けて来た魔女は、弟子の手の中にある物を見た。
「それはシューグリットの魔法式を応用して作り出した魔力増幅のプレートを入れた籠手よ。
何でもそのカミーラだっけ? 魔法は使えるらしいのだけれど、魔力量が少ないとかでそんな依頼が来たの。知り合い?」
「はい。子供の頃にお世話になりました」
彼の護衛役として一緒に居たのだが、彼を護ることに自分も含まれていたことをフレアは後になって知らされた。
お礼も言えずに別れたのを内心ずっと心に引っかかっていたのだ。
「そう」
軽く頷いてアイルローゼはフレアが持つ籠手を手にすると自身の机に戻った。
分解して内容を確認する。そしてまた組み立てて……籠手をフレアに放って来た。
「本人に手渡して具合を確認して来てくれる? 確か王国軍の第三待機所に居るはずだから」
「良いんですか?」
「嫌ならいつも通り一括で届けるけど?」
「……」
ギュッと籠手を胸に抱く弟子を見て魔女は微笑んだ。
「この仕様書を持って行きなさい」
「はいっ!」
大きく一礼して、紙を受け取ったフレアは研究室を出た。
そんな弟子の背を見送ったアイルローゼは何とも言えない視線を向ける。
「……その人が貴女の知っている時のままで居れば良いのだけれどもね」
そう呟かずにはいられなかった。
学院から出る乗り合いの馬車に飛び乗り、フレアは第三待機所に向かった。
彼から話には聞いていたが……そこは何とも言えない空気と臭いに満ちた場所だ。
戦場で殺し合いを生業としている者たちの巣窟に足を踏み込むことに強い抵抗はあったが、それでも胸に抱く籠手の感触を確かめて勇気を振り絞って駆けだした。
走ってしばらくすると少女の足が止まる。
待機所が広すぎてどこに彼女が居るのか分からないのだ。
すると一気に心細くなって……泣き出しそうな気持ちに陥って来る。
少しその目を潤ませながら、フレアは困り果てて足を完全に止めた。
「お前……こんな場所で何をしている?」
「ひうっ!」
怯えてしゃがむ少女の様子に、声を掛けた者に周りから非難の視線が向けられた。
その気の無かった彼女……スハは、周りの視線に戸惑いながらもフレアに駆け寄り声を掛ける。
「済まん。戦場帰りで言葉がきつくなった」
「……」
涙を溢す目で見られて黄色い髪の彼女は増々焦る。
「本当に済ま……ごめんね。怒っている訳じゃ無いから」
「……はい」
スハもしゃがみ込んでフレアを見る。
「それでどうしたんだい? 兄弟にでも会いに来たのかな?」
「……違います。人を探し居て」
「人探し? 所属は分かるかな?」
出来るだけ優しい声を掛けるスハに、フレアはコクンと頷いた。
懐から仕様書を取り出し、書かれている所属は……師のご飯の何かしらの液体で見えなくなっていた。
また泣き出しそうになる少女に気づいてスハは慌てて声を掛ける。
「貸してくれるかな? 名前が分かればどうにかなるかも?」
「名前はカミーラです」
と、相手の表情が沈んだ。
不思議に思うフレアだが、相手は何処か嫌そうに息を吐いた。
「カミーラか。余り会うのはお勧めしない相手だよ?」
「えっ?」
立ち上がった彼女は困った様子で頭を掻く。
「彼女は戦場で変わり果ててしまったからね」
~あとがき~
過去編はシリアスなのです!
この物語は主人公とミシュが出なければ真面目なのである!
ダメじゃんwww
キルイーツはウイルモットに自身の報告をし、これ以降は天才の助言通りに医療の技術向上を目指します。
希望を絶望に変える…本来魔法は不可能を可能にするはずの物なのですがね。
学友が前線に引っ張られる最中にフレアは遂にカミーラの元へと向かいます。
それが意味することは…戦時中って辛いですよね。本当に。
(c) 甲斐八雲
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