責任は全て私が取ろう

 ユニバンス王国北東部



 ひと仕事を終えた男たちは焚火を囲い手持ちの酒を煽っていた。

 安い賃金(一般人から見れば破格の金額)で働いていた彼らに舞い込んだ儲け話。

 ほんの少し仕事内容を話し、僅かばかり仕事の時間を動かす……結果として依頼主たちが仕事をし、男たちはしばらく遊んで暮らせるだけの金を得た。


「これからどうする?」


 良い感じで酔った男の1人がろれつの回らない声で問う。


「まずはこの国から出るのが先だろう」

「違いない!」


 笑い声が上がりワインを満たした器を掲げて乾杯の声が飛ぶ。


「とりあえず金はあるんだ。女でも買って遊んで……それから商売でもするか?」

「商売? 俺は頭が悪いぞ?」

「馬鹿か? 今回のこれでこんなに儲かったんだ。似たようなことをすればまた儲かるだろう?」

「そうだな。確かにそうだ!」


 また笑い声が上がり男たちは意気揚々と騒ぎ続ける。


「でも本当に簡単な仕事だったな」

「ああ。本当に」

「ちょっと話すだけでこんなに儲かるんだからな」

「止められないよな!」


 何度目か分からない笑い声。

 彼女は共に来た同僚たちの制止を睨むことで払いのけた。

 誰の手も借りる気など最初から無かった。


 彼女は最初から全員を殺す気で来たのだ。

 それも最も残酷で残忍な手法で。


 焚火の明かりが届く範囲まで歩み寄り……後ろ腰にぶら下げている短剣を掴んで抜いた。


「先ほどから面白そうなお話を……」


 凍てつくような女性の声に男たちは視線を向け、一瞬で酔いが吹き飛び凍り付いた。


 ユニバンス王国には有名な"犬"が居る。

 王の番犬……スィークと呼ばれる最高の警護人だ。


 彼女は返り血が目立たないように仕事をする時は黒い服を好む。

 だから普段から黒い色が目立たないようにとメイド服を着て過ごしているのだ。


 だが彼女は決してメイドでは無い。その本質は……ただの人殺しだ。


「二度とその口汚い声が出ないように止めて御覧にいれましょう」


 本気の彼女が動けば……残るのは躯だけだ。




 ユニバンス王都で熾烈を極めた王弟ウイルアム対ルーセフルト家の抗争は、ルーセフルト家の勝利で終わった。

 人の欲を巧みに誘惑し、王弟派の人間を少しずつ懐柔し……ついにその牙を家族にまで届けさせたのだ。


 生き残ったのは最強の護衛が護る王弟ウイルアムとその息子イールアムだけだ。

 残りは全て殺された。

 どの死体も無残に壊され……見るに耐えられない物と化していた。


 そう。王弟ウイルアムは近しい者の大半を喪ったのだ。




「我が主よ」

「……スィークか」

「はい」


 最後に王弟ウイルアムの私室を訪れた時、彼は椅子に座りふさぎ込んでいた。

 仕事を終えて戻って来たスィークが見たのは、何も変わらずふさぎ込んでいる彼だった。


 容易に分かる。

 彼はもう全てがどうでもよくなってしまったのだと。自身の生死すら。


「裏切り者の掃除は無事に終えました」

「……」


 返事は無い。彼は生きる屍なのだ。


 どんな報告をしても反応することは無いだろう。

 王家の兄妹も自身の家族を大切にしている。肉親同士で殺し合いの内乱をしたばかりだからだろう……特にその傾向が強いとスィークは理解していた。


「もし主がご命じになれば……わたくしはルーセフルトの一族全てを狩り尽くしますが?」

「……もう良いスィーク」

「は?」

「もう良い。私は疲れたよ」


 ゆっくりと持ち上げられたその顔は、僅か数日で信じられないほど老け込んでいた。


「向こうを殺せばこっちが殺される。それが延々と続いて……残るのは人殺しと躯だけだ」

「……」

「もう良い。私はもう人が死ぬのも殺すのも見たくない」


 完全に燃え尽きてしまった主人は、自身の幕引きを計っているようにしか見えなかった。


「なら主はこれからどうするおつもりで?」

「……」


 長い沈黙が続いた。

 だがスィークは相手の答えを待った。

 彼は王に次いで聡明で国の宰相を務める人物なのだから。


「……全てを譲る」

「譲る?」

「ああ。私はもう俗世間から離れて暮らすよ」

「……地位を捨てると?」


 軽く頷いて王弟は目の前に居るメイドを見る。

 彼女は格好だけがメイドであってその中身は殺人鬼だ。それも凶悪で凶暴な。


「地位も何もかも全てを譲る。数年かかるだろうが……それまでは我慢して務めよう」

「左様でございますか」


 ふんわりと一礼をし、スィークは表情を正した。


「でしたらウイルアム様。この卑しき殺人鬼に1つだけ譲って欲しい物がございます」

「……構わん。好きな物を持って行け」

「ならば」


 スィークは部屋の隅にある使用人用の机で書類を書き上げる。

 内容を確認して……それを王弟の前に置いた。


「署名とご捺印を」

「……」


 生きる屍であったウイルアムの目に力が戻った。

 自身の前に置かれた書類は……想像もしていない物だったのだ。


「スィーク?」

「はい。わたくしが望むのは空席となっている王弟様の正室の座です」

「だが」

「ええ。存じています。貴方がどれほどモリーン様をお愛しあそばされているか。ですがわたくしもモリーン様より頼まれ事をされています」

「妻より?」

「はい」


 柔らかく笑いスィークは素直に告げる。


「モリーン様はこう言いました。『ウイルアム様を見守って欲しい』と。

 それと……『私が殺されれば次はラインリア妃が狙われるかもしれない。どうか彼女を護って』と。

 その2つの依頼を達成するにはその座が必要なのです」

「……」


 力の籠った女性の視線に、深く深く息を吐いて……ウイルアムは枯れたと思っていた目から涙を落した。

 どうやらまだ終わることは許されないのだと理解し悲しくなったのだ。


「……分かった」


 ペンを取った彼の手が動きサインがされる。そして蝋が垂らされ印が押された。


「持って行け。全てを。それがお前の役に立つと言うなら……責任は全て私が取ろう」

「はい」


 恭しく受け取り、スィークは柔らかな笑みを見せる。


「どうか貴方も無理をなさらないように……旦那様」

「……」


 苦笑いを浮かべ妻となった者を見送ったウイルアムは、机の上に肘を置き組んだ手の上に額を乗せた。


「人が人を殺す。人が殺すことを止めない限り平和など来ない。なら平和とはただの空想なのか?」


 呟いて息を吐く。


 結局は彼女を……自身を殺人鬼と呼ぶ彼女を解き放った。

 自分の恨みでは無く彼女は私怨の為に人の命を狩ると知ってだ。


「終わらせねばならん。どんな手を使っても……争いなどはもう」



 王弟ウイルアムはそれから仕事の量を減らしていき、ついには隠居して自身の領地に閉じこもった。

 息子と妻を王都に残し……彼は日長植物と土を弄って暮らすのだった。




~あとがき~


 メイド長と王弟様はこうしてご結婚されました。

 書類だけの関係であるのには違いありませんけどね。


 Q スィークはどうして最初からルーセフルトの一族を攻撃しなかったのか?

 A 彼女はあくまで護衛であり、地位としては一般兵と変わりません。結果として彼女が動けば主人が全ての責任を取らなくてはならず、国王の番犬をしていた彼女は動くに動けませんでした。

 ですが全てを譲り捨てる覚悟をしたウイルアムは、彼女が負う罪すらも全て受け入れる覚悟で結婚しました。つまり主人からゴーサインが出た状態になったのです。


 こう書ければ楽なんですけどね~。




(c) 甲斐八雲

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