……王子に子守をさせるな

「敵前逃亡とは言いがかりです。余りにもドラゴンの数が多かったので、最低限の護衛を残し先にある街に救援を呼びに行ったのです。現に私のその行動のお陰で王子様ならびに傷ついた王妃様を無事に王都にお連れすることが出来た。非難されるよりも褒められるべき判断だったと自負しております」


 査問会のはずの場は、騎士隊長の独壇場になっていた。


 王妃たちの警護を逃れた理由を説明し、ついで自分の家が先の内乱でどれほど現王に尽くしたのかを説いて最後は王家への厚い忠誠を囀る。

 議長席に座る王……ウイルモット・フォン・ユニバンスは、腹の中で渦巻く殺意をねじ伏せることに精神の全てを費やしていた。


「騎士隊長ゴーンズ・フォン・エフリエフ」

「はい」

「現職を解き、南方のサルザ港の警備隊長とする」

「……何故ですか王よ!」


 左遷としか見えない判断に彼は激昂する。

 ウイルモットは腹の中の激情に封をして口を開いた。


「勘違いするでない。あの場所はいずれエフリエフ家に寄贈する場所だ。先に行って内情を知っておいた方が良いであろう?」

「ならまた王都に戻れると?」

「我が国に貴方のような優秀な人材を遊ばせておく余裕などない。今一度休養を得たのならばまた前線で戦働きをして頂きたいものだ」

「……畏まりました」


 畏まる様子も見せずにゴーンズは王の命に従った。


「これにて閉廷だ」


 宣言し部屋を出た王の足は次第に早まる。

 駆け込む様に執務室に入るや、頭上の王冠を投げ捨て感情のままに床を蹴った。


「何が判断だ! 何が応援だ! 鼻先に金の匂いをまかれて尻尾を振った愚か者がっ!」


 感情のままに床を蹴って彼はきつく歯を食いしばる。


 どうにか王妃は一命を取り留めた。

 偶然にも旅の医者見習いが居て、彼によって救われただけだ。

 その幸運が無ければ息子も王妃も死んでいた。


「リアに何かあったら儂は……どうすれば……」


 悔しさに涙しウイルモットは糸が切れたように両膝を着いた。


「変わらず王をするしかないだろう? それがお前が得た宿命だよ。ウイルモット」


 先に来てソファーに座っていた彼は、気軽に声を掛けた。

 息を吐いてゆっくりと顔を向けた王は、寛いでいる旧友の姿に内心安堵した。


「ケインズか」

「おう」

「……王の許しも得ずに執務室に入る馬鹿が何処に居る?」

「呼んだのはお前だろう? それに俺はお前に嫁と仲良くしている所を踏み込まれた過去があるがな」

「……そんなこともあったな」


 それにはそれなりの緊急を要する理由があって、後日平謝りして彼の妻からの許しは得ている。

 ただあの物静かな伴侶が、寝所では夫に対して馬乗りになってあんなに激しく腰を振っているとは思いもしなかったが。


「早かったな」

「……ゴーンズの馬鹿の裁きが今日だと聞いてな」

「今、終わったよ」

「だろうな。だからその荒れっぷりか」


 やれやれと肩を竦める旧友と向かい合うように腰かけ、王はメイドに紅茶を頼んだ。


「あれに鼻薬を嗅がせたのはルーセフルト家の誰かだろうな」

「……狙いは正室の座か?」

「それとハーフレンも殺せればってところか」

「……」


 腕を組んで王は深く椅子に腰かける。

 哀れんだ様子の目を向けケインズと呼ばれた男は言葉を続ける。


「側室に上げた娘にはまだお前との間に子供をなしていない。焦りもあるし、何よりラインリアが邪魔で仕方ないだろう。立て続けに王子を2人も産んだんだ」

「分かっている」


 国王の親友とも目される彼は、面倒臭げに頭を掻いた。


「で、シュニットの警護は?」

「今はスィークが付いている」

「……なるほど。1番殺したい相手には国王専属の護衛が居るから狙いをあっちにしたんだろうな」


 またもやれやれと肩を竦めて彼は頭を掻く。


「それでハーフレンは?」

「……帰って来てからはリアの傍を離れんよ。たまに離れたと思ったら木剣を振るって居る」

「母親を護ろうって言う意思を持ったのは成長と見るべきなのかね? 流石ユニバンスの男だ」

「そうであって欲しいな」


 苦笑して王は紅茶を啜る。

 高級な茶葉を使用しているはずだが味も匂いも感じない。

 疲れている。そう思いまた苦笑した。


「これからどうする?」

「リアはもう子を作れない」

「……」


 大怪我を負ったと聞いていたがそこまで酷かったとは聞いていなかった。

 ウイルモットは肩を落とし言葉を続けた。


「ルーセフルトはそこを追求し騒ぐだろう。だから彼女には城を出て貰い貴族たちの居住区に屋敷を与えて住まわせる。シュニットと共にな」

「あの化け物スィークに警護させるのか。悪くは無いな」


 1人で小隊程度なら素手で鎮圧する文字通りの化け物だ。ルーセフルトも容易に手は出せないだろう。


「それでハーフレンは?」

「……お前が預かってくれんか?」


 突然の言葉にケインズは面食らった。


「俺がか? だったらウイルアムの方が適任だろう? あれはお前の弟だ」

「分かっている。だがハーフレンがあっちに行けば」

「……ルーセフルトが一緒に潰しにかかる可能性はあるな」


 手で顔を覆ってケインズは天井に向かい息を吐いた。そうなれば潰し合いの殺し合いだ。

 ルーセフルト家は先の内戦でウイルモットを手助けした功労者だ。無下には扱えない。


「だからの俺か?」

「ああ。ルーセフルトもクロストパージュには容易に手を出せんよ」


 魔法使いの家系でもある上級貴族クロストパージュ。王家からの信も厚く、何より国の生命線でもある東部の穀倉地帯を領地にしている。その収入はユニバンスでも上位に入る力ある一族だ。


「傭兵稼業で財を成したルーセフルトもクロストパージュの恐ろしさは知っている。お前は敵に回すと面倒臭いからな」

「失礼な。諦めが悪いだけだと言え。違った。負けず嫌いなだけだ」

「自分で言うか」


 呆れつつもウイルモットは彼を信用していた。もし彼に裏切られることがあるのなら、それは自分が王としての器では無かったと諦めることが出来るほどに。

 友のその心情を知るケインズもそんな相手だからこそ、心の底から忠誠を誓い、命を預けているのだ。


「まあ良い。ハーフレンはうちで預かろう」

「そうか」

「娘のフレアの面倒を見る人手が欲しかったしな」


 うんうんと頷く旧友を見て……流石のウイルモットも脱力し肩を落とす。


「……王子に子守をさせるな。馬鹿者が」


 間もなく第二王子はクロストパージュ家に預けられた。

 ハーフレンとフレア……2人の出会いはそれが最初であった。




~あとがき~


 フレアとクレアのパパンの登場です。

 本編ではクレア&イネルの王道恋愛パターンの時に出て来てますが、はい。この作者の悪い癖。名前出してねーよでしたw

 クロストパージュの現当主で、魔法の腕前も優れた御仁なのです。


 本編ではクロストパージュ領は小麦の産地で裕福ぐらいしか書かれていませんが、それ以外には強い魔法使いが不思議と産まれる地域と言われてます。

 で、設定だけで作者も忘れていた事実……実はアイルローゼもこの地域の生まれです。ただしクロストパージュ領では無かったので、彼女がフレアの実家に招かれることにはなりませんでした。


 アイルローゼとカミーラの髪と目の色が同じなのはその辺が理由なんですけど…赤=アイルローゼが強くなってしまったので、カミーラの色を朱に変更しようか悩んでいたりもします




(c) 甲斐八雲

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