捕まえたです~
「おにーちゃんです~」
「チビ姫っ!」
「おに~ちゃ~ん、です~!」
喜び駆け込んで来た少女がジャンプして飛び込んで来る。
何故かノイエに腕を引かれて……結果チビ姫は床と熱いキスと抱擁を。
「危ない」
「僕よりチビ姫がね」
モロに顔面からいったぞ?
床の上で鯱のようにそっくり返って……今日の下着はピンクか。
ムクリと起き上がったチビ姫は顔を赤くしているけど無傷だ。
絶対におかしい。どんなギャグキャラ補正?
「おに~ちゃ~ん、ですぅ~!」
「チビ姫」
再度突進して来る少女をひらりと回避する。
あれ? 受け止める予定が……心の何かが反応してしまったよ?
またズルズルズルと顔面を床で削り、でも赤くしただけで彼女は起き上がる。
「何で避けるんです~!」
「……ちょっと楽しくなって来たから?」
「酷いです~!」
地団駄を踏んで怒る彼女は元気いっぱいだ。
ずっと尖塔の上の部屋に押し込められて居たとは思えない。
「大丈夫。もう避けない」
「……お兄ちゃん、です~!」
限界までこちらの反応を確認してチビ姫が抱き付いて来た。
甘える我が子のようで可愛いが……これでも義理のお姉ちゃんだ。世の中何か間違ってるよ。
「元気で良かったな」
「はいです~」
抱き締める手を解いて彼女の目線までしゃがんで頭を撫でてやる。
顔色も良いし、痩せた様子もない。健康そのもので一安心だ。
「お姉ちゃんです~」
「……」
次なるターゲットを定めてチビ姫がジリジリとノイエに近づく。ただしノイエはあのくらいの少女が苦手なのかジリジリと後退している。
ノイエに抱き付くのは大変だぞ?
「アルグスタ」
「あっはいはい」
「済まんな。ずっと押し込められて居て元気が有り余っている」
「みたいですね」
ソファーに座っているお兄さんが疲れた様子の笑みを見せた。
たぶん僕らが来るまで相手をしていて疲れたのだろう。子供は元気な方が良いが、元気過ぎるのは厄介だ。
相手の向かいに座りチビ姫はノイエに丸投げしておく。
流石に子供相手に本気を出したりはしないだろう。
「捕まえられないです~」
高速移動するとか……意外と鬼だなお嫁さん。
「それで共和国との話し合いは?」
「ああ無事に終わったよ」
向かい合うように座り、共和国との話し合いの結果を聞くと、次期国王が懐から書状を取り出しこちらに差し出して来た。
受け取り開いて流し読みすると……うわ~。あの財務大臣、自分の兄貴を売り物にしたよ。
「『今回の件は逃亡中のウシェルツェンの単独行動であり、本件に共和国は無関係である。だが内務大臣の暴走を食い止められなかった責任は重く、関係各員は厳罰に処し、没収した財産全てを貴国への弁償として譲り渡す』って凄いな。
ついでに捕らえ次第内務大臣をこちらに引き渡す用意があるとか……やることがえげつない」
「そうだな。だがその文面から察するにハルツェンは最初からウシェルツェンの動きを把握していた可能性が高い」
「ですね」
それで泳がせて自分に敵対する者たちを一網打尽。没収した財産を補償として使い、得た領地は自分の味方に分配する。
あら不思議……これで共和国は一枚岩だ。
「踊らされた馬鹿が悪いんでしょうけど、ここまで鮮やかだと……踊らした者の方が本当の意味で悪ですね」
「そうだな」
「まっお蔭で共和国とは友好関係を維持したままってことで、チビ姫を監禁している理由は無くなったってことか」
そうじゃ無いと困るのですよ。その為に今回は色々と頑張った訳だし。
ただ可哀想なのは帝国からやって来ている次期国王様の側室の方だ。向こうとは完全に交戦状態だから駐在大使を通じて本国にお帰り頂くことが決定している。
子煩悩と聞くラインリア王妃がマジ泣きしそうだな。
と、膝に肘をついてお兄さんが前のめりに顔を寄せて来た。
「アルグスタよ」
「はい?」
「お前はこうなるようにバージャル砦を出てブシャールに向かったのか?」
「いえいえ。僕はただノイエに会いたくなって我慢出来なくなっただけですよ?」
嘘は吐いてない。本当にノイエに会いたかったしね。
ただ今回の作戦を描いたのは僕じゃない。ホリーだ。
彼女が僕の希望を受け入れて最善の手を考えてくれたに過ぎない。
「まあお前がそう言うならそれで良い」
「どうも」
だが真面目な表情のままお兄さんが言葉を続ける。
「ただ中型をモミジ・サツキが退治したのは良いとして、彼女のカタナでは考えられない方法で殺害されたドラゴンが多数存在していた。
遺体を検分した共和国は、こちらに『3人目のドラゴンスレイヤー』が居るのではと勘繰っている」
「ん~」
しまったな。死体を検分されるのは計算して無かったや。
「と言うか『3人目』は間違いですね」
「どう言うことだ?」
まあ仕方ない。秘密にし過ぎると色々と厄介だしね。
「ノイエの次が僕だと思うので『2人目』です。モミジさんが『3人目』でオーガさんが『4人目』です」
「……認めるのだな?」
確認して来る視線に頷き返す。
「下手に周辺を嗅ぎ回されるなら認めた方が楽ですしね。ただし僕のは"祝福"で制限が色々と厳しいので、非常時にしか使えないってことだけ言っときます」
「それで周りを納得させろと?」
「納得したくないならそれでも構いませんよ? ただ僕にはあの日あの時あそこに居たドラゴン全てを駆逐するだけの力があります。その意味が理解出来ないなら喧嘩を売りに来ても構わないと……そう共和国にはお伝えください」
追い打ちでニッコリと笑っておく。
「……ハルツェンを悪く言えないやり方だな」
呆れた様子でお兄さんがソファーに座り直した。
「それで帝国の方は?」
「そちらはハーフレンの交渉待ちだ。アイツは新年の儀式には間に合いそうも無いな」
「良いんじゃないですか? 別に新国王のお披露目みたいな物なんですし」
ついでに言うと僕も参加しないしね。
というか僕らが居ると問題になると言うか、問題になるから居るなと言うか……そんな感じで新年の儀式中は王都からの放逐が確定している。
「捕まえたです~」
「……」
何度も顔面を削るチビ姫の根気に負けたノイエが、とうとう掴まっていた。
頑張れノイエ。いずれ君は子育てするはずなんだから。
(c) 甲斐八雲
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