これはどう言うこと!

 言いようのない感情を抱えてフレアは深くため息を吐いた。

 王国一の問題小隊と陰口を叩かれているが、どうやらそれは事実らしいと理解したのだ。


 唯一の救いは隊長であるノイエが真面目に仕事をしているくらいだ。

 ただ不意に頬を紅くすると捕まえたドラゴンを両手で持って地面に叩きつけ始める……結婚をしてからそんな動作が加わるようになったくらいだ。

 何を思っての行為かは誰も理解できていないが、地震が起きるから出来たら止めて欲しいのが本音だ。


 待機所に居ない彼女のことを思っても意味がない。

 視線を巡らし1人目の問題児を見る。


 一仕事を終えて建物から出て来た彼女は、薄着のままで椅子に腰かけて呆けている。

 先日のお見合い以降この状態が続いている。ただ呆け過ぎているせいで近くを通る兵たちがわざとらしく背伸びをしては胸の谷間を覗いて行く……しかし心此処にあらずの彼女はその事実に気づかない。


 次に視線を向けたのは、先日より不調で待機となっている新人だ。

 虚ろな視線と表情で、紙にナイフを突き立てて文字を書くと言う高度な技を見せている。

『爛れた関係……知らなかった……知らなかったんです……』と壊れたように呟いているのが恐ろしい。


 最後に視線を向けたのはただの馬鹿だ。

 片手に乗馬用の鞭。もう一方の手には縄を掴んで、城のある方向を睨み仁王立ちしている。

『掛かって来いや! 変態めっ!』と意気込んでいる自分の姿を鏡で見るべきだ。退治すべき変態を見つけることが出来るはずなのだから。


 三者三様の灰汁の強い行動を見て……比較的闇が少なそうな人物から声を掛けることにする。


 ゆっくりと歩いていき、まずは解かれ緩くなっている相手の胸元を確りと閉じる。

 それから軽く彼女の額をペシペシと叩くと、合っていなかった焦点があった。


「フレア……先輩」

「起きてるルッテ?」

「えっあっはい。起きてます」


 何故か慌てた様子で頬を真っ赤にしたルッテが一度立ってからまた座った。


「本当に起きてる?」

「大丈夫です。正気です」


 本人的には片目を閉じて『大丈夫』をアピールしている様子だが、フレア視点では瞬きを繰り返すただの馬鹿にしか見えない。

 相手の許可を得ず隣に座り、フレアはそっと後輩の耳元に口を寄せた。


「そんなにお見合いの相手が良かったの?」

「ちがっ! そう言うのではなくて……それはあれですからして……もにょもにょ……」


 恥ずかしそうに頬を真っ赤にして太ももの上では彼女の指先がクルクルと回る。露骨なまでに分かりやすい反応だった。


 だがフレアとしてはこれだけは確認しておかなければならない。

 ルッテのお見合い相手の"姉"に視線を向けると……胸の前で縄を両手で引っ張り入れ込んでいた。


「どこが良かったの?」

「えっ? ……ちゃんとわたしの顔を見てくれて話をしてくれたんです」


 恥ずかしそうに、でもやはり聞いて貰いたいのか……ルッテが言葉を続ける。


「わたしって胸ばかり見られるじゃないですか? でもちゃんと顔を見てくれて、それに胸へ視線が動かないんですよ。凄くないですか?」

「凄いわね」


 フレアは呆れつつ肩の力を抜いた。

 ルッテの好意の基準が胸を見るか見ないかなどぶっちゃけどうでも良い。むしろその無駄に膨らんでいる脂肪を切ってしまいたいぐらいだ。見てて腹立たしくなる。


「今は騎士見習いで王国軍の騎馬隊に所属しているそうなんですけど……実家で馬を飼っているそうで、扱い慣れてるのもあって馬の面倒を見ているそうです。

 だから全体的に牧草の匂いがして話してて心が休まると言うか何と言うか」

「そう。それで見た目はどうだったの?」

「見た目ですか?」

「ええ。やはり気になるでしょう?」


 その証拠に、他の壊れた2人もいつの間にやら近づいて来ていて聞き耳を立てている。

 いつの世も恋話は興味を引くものだ。


「えっとですね……そんなに酷く無いですよ? 武器とか振るって無いから線は細そうですけど。

 でも全体的に優しい感じがする人でした」

「そう。それは良かったわね」

(姉に似なくて)


 心の声を心でとどめ、フレアは優しく微笑みかける。

 照れ笑いを浮かべるルッテに……生粋の売れ残りがキレた。


「うがぁ~! 私が変態に追い回されている隙にそんな聞いてる方が恥ずかしくなることをして~っ!」

「ちょっとミシュ先輩! どこに手を……掴まないで!」

「何だこの~! もう売約済みになった気でいるのか? そんな好印象の野郎なんて最初だけだ! 男は全員狼で直ぐに本性を曝け出すものだ~!」


 と、モミジが膝を抱いて地面に何やら文字を書き出す。

『女の人も狼になるらしいですよ……食べられている方がそれを全く理解してない例もありますし……』などと呟く。

 鷲掴みで胸を揉まれるルッテが怒って、ミシュの手を振り払った。


「メッツェさんはそんな人じゃありません!」

「何おう! そのメッツェとか言うのも……メッツェ?」


 再度襲いかかろうとしたミシュの動きが凍った。

 思い返すと自分は後輩のお見合い相手を知らない事実に気づく。恐る恐るミシュは口を開いた。


「もしかして……メッツェ・フォン・エバーヘッケ?」

「えっあっはい。そうですよ?」


 何を今更的な感じで問うてくるルッテに、ミシュは古くからの同僚を見た。


「ちょっとフレア! これはどう言うこと!」

「知らないわよ。話を進めたのはアルグスタ様ですもの」

「だからって!」


 なおも食って掛かろうとするミシュに、フレアは彼女の背後を指さした。


「貴女の愛しい"旦那様"も来たわよ?」

「ぬはははは! 待たせてしまったね、我が幼き君よ!」

「抱き付くな~! 頬擦りするな~! スカートに手を入れるなっ!」

「あはは! 案ずるな……どんな場所でも君を抱くことを誓おう!」

「意味分からないしっ! ……お尻に硬いのが……硬いのがグリグリとっ! うぎゃぁ~っ!」


 半ば発狂してミシュは短剣を握ると、手当たり次第に振り出した。

 それを総出で制止することとなり……ルッテは何故ミシュが『メッツェ』を知っているのか聞きそびれた。




(c) 甲斐八雲

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