変態は嫌
「アルグ様。平気?」
「これぐらい……」
根性を見せろ! 可愛いお嫁さんをお姫様抱きしてずっと運べなくてどうする?
ノイエだぞ……相手はとっても大切なノイエだ。半日でも1日でも抱き続けてみせる!
待機所からはナガトで運び、家に着いてからは僕がずっと抱いている。
まずはお風呂に運んで洗ってから、それから食堂に移動して食事。後は寝室で終始ノイエの看病だ。
仕事? そんな物は部下に丸投げしておけば良いものだ! 僕に迷いなど無い!
えっちらおっちらとお風呂場へと移動して……ここからはメイドさんの手も借りる。
終始万歳状態のノイエが綺麗に洗われて、着替えを済ませてからまた運ぶ。
嬉しそうにアホ毛をクルンクルンと回すノイエが本当に愛らしい。自分の食事もそっち退けでまずノイエに食べさせ続け、合間で自分の食事も済ます。
後は寝室で……と、食堂を出ようとしたらノイエの顔が赤くなっていた。
「どうしたのノイエ? 大丈夫」
「……」
何も言わずにプルプルと顔を左右に振る。つまりダメってことですよね?
「ノイエ?」
「……アルグ様」
「はい」
「…………お手洗い」
うむ。あれだけ飲み食いすればそりゃそうだ。
ではトイレへと運び出したらノイエが抵抗し、メイドさんたちがブロックして来た。
ホワイ? 何故だ?
「旦那様」
「はい」
「……それは愛情では無く、人としてどうかと」
一番年長のメイドさんに優しく諭されて……後は彼女たちに任せて寝室へと向かう。
ベッドの端に座って、手持ち無沙汰でそのまま背後へと倒れ込んだ。
こんな場面を迎えると治療魔法が欲しくなる。でも医者の先生が言うには、治療魔法は色々と問題らしい。この世界に魔法をもたらした始祖たる人物は……よっぽど性格が悪かったんだろうな。攻撃にしか使えないようにしたんだから。
それでも人々は可能性を求めて研究した。その実験体だったのが先生の弟子でもあったリグだ。
あのホワンホワンとして人に噛みついて来たあの少女は、異国からの移民の子で……褐色の肌に全身刺青と言う形で術式を描かれていたそうだ。全身に描かなければ使えないほど治療の術式は厄介らしい。
それでも元の魔力が少なかったから対価を払う形でなければ使用できない。
この辺の見解はいつかアイルローゼ先生に問うてみたい。
コンコンッ
「旦那様」
「は~い」
扉が開いてメイドさんたちに支えられたノイエが運ばれてくる。
自分の足で歩ける程度に回復しているけど、気を抜くと脱力してしまうから誰かが支えていないと危なっかしい。それだったら僕が抱いて運びましょう。
急いで可愛いお嫁さんを回収してお姫様抱きする。
「ありがとうね」
「はい。何かございましたらお呼びください」
一礼してメイドさんたちが持ち場へと戻って行く。
それを夫婦で見送り、僕らはベッドまで移動した。
「降ろすよ」
「……」
「ノイエ?」
手の無い腕を回して来てノイエが抱き付いて来る。
「どうしたの?」
「……嬉しい」
ポツリと言ってノイエが僕の胸に顔を隠した。
何この可愛すぎる生き物は! 僕のお嫁さんでしたね!
ゆっくりとベッドに登って、ノイエを抱き付かせたまま一緒に横になる。
甘えて来るノイエが本当に可愛い。
「アルグ様」
「ん?」
「ありがとう」
「良いよ。僕が怪我した時にノイエが色々してくれたしね」
「……はい」
ウリウリと撫で回してノイエを愛でる。
出会って結婚してから本当に色々とあって、無表情だったノイエの表情も微かに変化するようになった。
今だって撫で回していると、僅かに口角を動かしたり頬を動かしたりしている。
「ノイエ」
「はい」
「大好き」
「……」
「ノイエ?」
両腕を胸の前に運んだノイエが辛そうに僕を見る。
「アルグ様」
「ん」
「胸が熱くて辛い」
「そっか」
相手の背中に手を回してギュッと抱きしめる。
「アルグ様」
「こうすると……少しは落ち着く?」
「……はい」
顔を寄せて来てノイエが甘えて来る。
うん。やっぱり僕はノイエのことが大好きなんだな。
この時間がずっとゆっくりと過ぎれば良いのに。
「変態はダメ。変態は」
「良いだろう? お前に欲情する数少ない人間だぞ?」
「だから変態は嫌いなのよ!」
何も言わずハーフレンは手鏡を取り出し、目の前に居る馬鹿に向けた。
弓反りして拒絶反応を見せたミシュは……しばらくすると立ち上がった。
「変態は嫌」
「嫌なのは変態じゃなくて……お前の本性を見られることだろう?」
「あら? 本気の私はすっごいんだから~」
「だろうな。相手を殺しかねん」
やれやれと頭を掻いて、書類が山となっている机を見つめハーフレンは苦笑した。
「それで今日帰れるか分からん俺に何の用だ?」
「ん~。聞き間違いかもしれないんだけどね」
「聞き間違っとけ。面倒な仕事は今は要らん」
「だね。だから世間話だと思って聞き流しておいて」
意味もなく腰を振る馬鹿にハーフレンはゴミ屑を投げつけて話を促した。
飛んで来たゴミを弾いてゴミ箱に落としたミシュは、ケラケラと笑う。
「アルグスタ様が隊長に向かって『アイルローゼ先生』と呼んでたのよ」
「……本当か?」
「さあ? 頭が半分地面に埋まってたから」
肩を竦めてミシュはクルッと相手に背を向けた。
「おいミシュ」
「何よ?」
「……ノイエから目を離すなよ」
クルッとまた向き直った少女のようなミシュは、恭しく彼に頭を垂れた。
「昔馴染みのよしみですから、ね」
(c) 甲斐八雲
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