妖怪男漁り

 仕事の合間、少女は膝の上の書類に手を置き呆然とした様子で空を見ていた。

 自然石を殴って形を整えた椅子は、女子隊員専用となっている。もし男性が座りたいのなら、椅子を作った隊長と腕相撲で勝つことが条件となっている。

 そんな椅子に腰かけた少女ルッテを……こちらも書類を抱えたフレアが見つけ、疑問を持ち歩み寄って来た。


「どうしたのルッテ? 悩み事?」

「……はい」


 困った様子の相手に、フレアは隣に座ると何となく彼女の膝の上を見た。

 見覚えのある書類だった。自身が次期王弟陛下の正室候補から外れた時に、実家から山のように送られて来た物だった。


「……お見合いね」

「…………はい」


 返事が深かった。

 フレアとしてはその気持ちは痛いほど分かる。


「来年で15だし、そう言う話が来てもおかしく無いのよね」

「でもでも相手は下級とは言え貴族様ですよ? わたしなんて狩人の子ですし」

「それでも今は騎士見習いでしょ。来年からは正式に騎士になるのよ? 騎士の地位なら下級貴族と十分に見合うわ」


 それを見通してのお見合い話なのだろう。

 フレアは簡単にルッテから見合い話が届けられた経緯を聞く。何でも上司であるアルグスタが選んだ相手らしい。それ以外にも山のように話が来ているらしいが、唯一持って来た話がそれなのだと言う。


 その話を聞いてフレアは内心で軽く笑った。

 何だかんだで上司たる彼は部下想いだ。きっと選ばれなかった相手は、少女の一部分に対してのみ執着し求めている者だと判断したのだろう……そう思うと、無性にそんな野郎共のアソコを潰して回りたくなった。


「アルグスタ様は、普段いい加減だけど根はとても良い人よ。きっと選ばれた相手も良い人のはず」

「そうですか? 聞いたことのない家名ですけど……」

「ちょっと見ても良い? もしかしたら私が知っているかもしれないから」


 迷うことなく手渡して来た後輩は、やはり興味はあるが怖いのだろう。

 だったら先輩たる自分は必要な情報を集め……表紙を捲ったフレアの手が止まった。

 見覚えのあり過ぎる家名だったからだ。


「あの~先輩?」

「ふっふっふっ……あの糞上司っ!」


 らしく無いほど激高したフレアが吠えていた。




「おっぱいさんのお見合い相手さんです~?」

「だよ」

「です~」


 ソファーにうつ伏せになって足をパタパタ振って薄いピンクの下着を見せている次期王妃様を注意する人は居ない。本日のメイド長はお屋敷の方に居るらしいので、解放されたチビ姫はのびのびとしている。

 ケーキを食べて次に見つけた暇潰しがルッテのお見合い相手の書類だった。どうやら興味を覚えたらしいクレアも合流して一緒になって見始める。


「アルグスタ様」

「ん?」

「この"エバーヘッケ"と言う家はどんな貴族なのですか?」

「ああ。この国でも有数の馬生産者で馬鹿兄貴が御贔屓にしている家だね」

「そうなんですか」


 納得したクレアがまた書類に視線を戻した。


 嘘は吐いていない。その家の次女が、正式名称を"ミシュエラ"と名乗る妖怪男漁りなだけだ。

 あのミシュの実家で、ミシュの弟が人事院に結婚相手を求めて来ていただけのこと。


「ルッテって何だかんだで自然の中で生活したがってるでしょ?

 まあ祝福持ちだから王都勤めからは解放されないだろうけど、結婚して実家になればエバーヘッケ家は自然の多い場所が領地だからね。長期休みには帰って貰って自然の中で過ごせば良い。

 ただあの家は軍馬の生産が仕事になっているから、馬との生活が苦にならない人がいい訳よ」

「あ~。それなら納得です。でも馬を仕留めないですかね?」

「そこまでは責任は取れません」


 流石のルッテも馬を相手に矢を撃ったりはしないだろう。


「たぶんあの家だったら、彼女の両親もすんなり馴染むんじゃないかな? 良い人ばかりだしね」

「へ~。……お知り合いなんですか?」

「はい。うちのナガトを売って貰いましたが」

「……あの馬ってミシュさんの実家で買ったと聞いた記憶があるんですけど?」

「はい。ミシュの家名はエバーヘッケですが何か?」


 どうやら僕の企みに気づいたらしいクレアが、呆れた様子で顔を上げた。

 何も分かっていないチビ姫は楽しそうに書類を眺めている。


「また変な企みですか?」

「変とは失礼だな。誰のお陰で毎日愛しいイネル君に甘えられるんですか?」

「ぐぬぬ……」


 感謝の気持ちが足らない部下ですな。またイジメちゃうよ?

 と、閉じていた扉からノックの音が響いて開いた。


「失礼しますアルグスタ様」

「はい?」


 止まることなく部屋に入って来たフレアさんが、無表情で突っ込んで来る。

 正直かなり怖い。無表情の美人はノイエで見慣れているのだが、フレアさんの場合は背後にどす黒い炎チックな効果が見える感じがするんだよね。


「ルッテのお見合いについて色々と聞きたいのですが……お付き合い願いますね?」


 自分の妹をひと睨みでソファーから退散させて、代わりにフレアさんが座った。

 安全の為にチビ姫をソファーの端に移動させておく。一応義理の姉ですしね。


「はいはい。てっきりミシュが殴りこんで来るかと思ったけどね」

「彼女は本日休みです」

「チッ」


 楽しみは持ち越しか。

 だが全然笑わないフレアさんが睨んで来るので、僕は肩を竦めた。


「どうしてルッテをあの家に?」

「ん~。僕以上に色々と詳しいフレアさんなら何となく分かるでしょ? 今回誰かの妹さんの騒ぎで学んだのよね。特別な立場に居る人って狙われるって」


 軽く頭を掻いて僕は本音を口にした。

 ただ自分の席に戻ったクレアが、何故か怯えながらこっちを見ている。

 無表情の姉がそんなに怖いですか?


「うちの部隊で次に狙うとしたら誰が居る?」

「……ルッテですね」

「そう言うこと。なら一番安全で尚且つ権力争いから疎遠な貴族と見合い話がある……と言うことでしばらく回りの雑音を封じたいのよね」

「つまり振りと言うことですか?」

「そりゃ知らない」


 言って僕は笑っていた。


「人を好きになるのってある種の運命があるのかなって……最近そんなことを思う僕です」


 僕とノイエがその例だと思うけどね。




(c) 甲斐八雲

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