我が元飼い主よ

 事務仕事が続く日々に嫌気が差し……ハーフレンはトイレと称して執務室を抜け出すと、馬に飛び乗り城から駆け出す。城下を抜けて正門を突破し、郊外へと出て馬の腹を蹴る。

 駿馬の類である愛馬の全力で生じる風に心地良さを覚えながら、遠くで飛んでいるドラゴンの姿を見つけては一応手綱を操り向かう位置を変える。

 ただ上空に居る蛇型のドラゴンは、不意に現れた白い存在に口を掴まれ2つに割かれて投げ捨てられた。


(やっぱ……アルグの馬鹿は凄いな……)


 血みどろのあの姿を見て自分の妻を『綺麗で可愛い』と言える弟は、やはり異世界人なのだろう。

 あの感性はこの世界の人間には決して見られない。


 と、背中に何かが触れた気がした。

 驚きよりも懐かしさにハーフレンは息を吐く。


「仕事は?」

「上司のお願いで現在別件中~」


 ケラケラと笑いながら答えるのは、大きな背中と馬の背を椅子代わりにして座るミシュだ。

 相変わらず何をどうやって馬に追いつき飛び乗ったのか分からない。それが彼女が"王国一"と呼ばれる人材になった要因でもあるのだが。


「それで上司の命令で動いているお前が、どうして前の上司の元に来る?」

「ん~。昔馴染みだから、ちこっと苦情を言いにかな」


 笑い続けるミシュは懐からパンを取り出し齧り始めた。

 王子を王子と思わないその態度に苦笑しながらも、相手の性格を理解しているので文句を言うだけ無駄だと言うことも理解している。


「それで何だ?」

「ん~。どうしてアルグスタ様の所にクレアを放り込んだのか、かな」

「……」


 相手の背中に自分の背を預けミシュは空を見る。


 魔法では説明できない機動を見せる隊長の姿を見つけた。絶対に空気を蹴って移動しているようにしか見えないが、彼女が言うには空気中のゴミを蹴っているらしい。それを実際にやるのにどれほどの魔法や術式を必要とするのかを彼女ノイエは知らない様子だが。


「クロストパージュ家は王家からの信頼も厚い。その令嬢を2人も部下にすれば……まあ他の上級貴族たちからすれば面白くは無いよね~」

「……ああ。だがアルグは何て言うか色々と甘いからな。あの馬鹿は自分の地位がどれ程の力を持っているのか理解していない」


 新国王となる兄と何度も話し決めたことだ。

 本来ならノンエイン家に預けたパルとミルの双子とイネルを部下にする予定だったのだが、ノンエイン家が預かり育てている双子を本当に可愛がっているお陰で……ドラゴンスレイヤーに関係する部署への配属を拒否したのだ。

 最近ではノイエよりもアルグスタの性格の方が問題視されているが、中央を詳しく知らない貴族たちはやはり"ノイエ"を恐れている。


「悪い虫が付かないようにと配慮した結果があれだ。偏るのも分かっていたが、他に信用出来る家に年頃の子供が居なかったのだから仕方ない」

「まあクロストパージュ家は子沢山ですからね~。本当にどこかの王様と良い勝負だ」

「不敬だぞ?」

「耳を塞いどけ」


 パンを食べ終えたミシュは、ズルズルと腰を滑らせ馬の背で横になる。

 走る馬の上でそんなことが出来るのは王国内でも何人も居ない。生まれて間もない頃から馬に携わる生活をおくって来た彼女ならではの技だ。


「それでクレアが標的になったか?」

「だね」

「……仕掛けている家は、当主うえからの指示か? それともただの嫉妬か?」

「調べた感じだと嫉妬かな~。でも親の愚痴とか子供の耳に入って、それが原因ってことも考えられるしね」

「そうだな」


 手綱を操り馬の歩みを緩め……並足にする。


「お前は動くなよミシュ」

「ほ~い。まあアルグスタ様からも『調査できる人間を紹介して』としか言われてないしね」

「それで報告がてら俺の所に来たのか」

「だよね~」


 ケラケラと笑う彼女の様子に呆れつつ、ハーフレンは肩越しに手を伸ばす。

 すると突き出された紙が手の中に納まり、彼はそれを掴んで懐にねじ込んだ。


「俺の部下の一人をアルグ専属の諜報員として回す。だが」

「名前だけで実際は私に動けと? 働かせ過ぎだ~ね。婚期が遠ざかる」


 言葉を受け継いでミシュは愚痴を言う。

 だがその言葉にハーフレンは笑みを浮かべた。


「諦めろ。人事院に届く結婚紹介の書類には、『エバーヘッケ家の令嬢を除き』と書かれているのが今の主流だからな」

「おかしいでしょ! 私の噂が津々浦々過ぎるっ!」

「貴族なんて噂好きだ。お前の残念なネタは知られ過ぎているってことだ」

「ああ……師匠のように私も枯れるまで独身か……」


 馬から転げ落ち、ミシュはスタッと地面に立った。


「まっ最後は良い男を見つけて襲うしかないか」

「面倒が増えるから止めろ」


 相手が相手なだけに、冗談が冗談に聞こえないから始末に負えない。

 と、ミシュはいつものヘラヘラとした表情を消して本来の顔を見せた。


「言い忘れてた。この件はまだフレアに伝えてない。一応伝わらないようにしているけど……絶対は無理」


 冷めた表情で冷たい口調の声が響く。

 受けたハーフレンは渋々頭を掻いた。


「そっちは俺がどうにかする。お前は本来の仕事に戻れ」

「はい。我が元飼い主よ」


 フッと音も立てずミシュはその場から消えた。




(c) 甲斐八雲

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