方向性の違い

「アルグスタ大隊長?」

「……」


 椅子に座り手だけ動かしている人物の様子に軽く恐怖を覚え、ミルミナーク・フォン・ノンエイン……愛称"ミル"は軽く足を引いた。


 ミルは普段から少年騎士のような服装をしているが間違いなく少女である。だからひと目見て正常に見えない相手を見れば恐怖の方が勝るのも当然だ。

 自然と恐怖で顔が引きつる。


 そんな彼女は目の前の生物が理解出来ずに困った様子で辺りを見渡す。

 大隊長の部下である少女が手招きしていた。

 美味しいケーキのお裾分けで親しくなった関係上、迷うことなく歩み寄る。


「あれは何だ? どうかしたのか?」

「実は……ノイエ隊長と喧嘩してるらしくて……」


 慣れない事務仕事のせいで色々と困っている自分と姉である"パル"こと、パルミナーク・フォン・ノンエインに仕事の仕方を教えてくれる先輩、クレア・フォン・クロストパージュがそう告げて来る。


 だがミルは相手の言葉を疑った。


 彼が妻であるノイエを溺愛しているのは国中でも有名な話だ。

 妻の為なら相手を選ばず喧嘩を売るとすら言われ、一部令嬢たちからは『理想の相手』とすら言われている。


 そんな人物が喧嘩?


「一体理由は何なんだい?」


 正義感からではなく純粋に好奇心からミルは質問していた。


 と、クレアの顔が真っ赤に染まりその顔が背けられる。

 不審に思うミルの耳にポソポソと囁くような声が届いた。


「……夜の営みで方向性が分かれたらしくて……」


 一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、落ち着き考え……ミルは自分の顔を真っ赤にさせた。


「いった、一体……ええっ? そんなことで……ええっ?」

「……噂だけど」


 2人して顔を真っ赤にし俯いてしまう。

 年頃の少女には過激すぎる内容だった。

 と言うより理解出来ない。理解出来ないのに恥ずかしくなってしまう恐ろしい言葉だ。


「わたしたちじゃ何も出来ないしね」

「そ、そうだね。オレはその手の話は……あはははは」


 笑って誤魔化すしかない。

 居心地すら悪くなって来たミルは逃げるように部屋を飛び出した。




 頭の中が真っ白なまま気づくと一日の仕事が終わっている。

 最近帰りは1人ぼっちだ。ノイエが直帰してしまうから。


 今日も馬に跨り護衛の騎士を連れて帰宅する。彼らは軽く休憩したらまたお城へと戻る。

 普段何をしているのか疑問に思うけど、交代制で護衛をしているので仕事は別にあるらしい。

 そんなことに思考を費やさないと寂しさで泣き崩れそうだ。


 ある日を境に突然ノイエとの距離が開いた。

 彼女が嫌がることをした記憶はないけど、そもそもノイエが嫌うことが何か分からないけど、それでも彼女は僕との距離を開けた。


『そんな時期?』とも思ったが、寂しいから恐る恐る質問したんだ。

 そうしたら……『アルグ様と一緒に寝るの怖い』と言われた。

 ショックの余りしばらく思考停止したらしい。


 知らない間に自分ノイエに無茶なことを請求していましたか?


 そんな変態染みたプレイはしていないはずだ。

 馬鹿王子に聞いた『女性の抱き方・初級編』の範囲内のはず。


 実はあの王子が変態過ぎて地雷を踏み抜いていたのか?

 今まで我慢してくれたノイエの不満がついに沸点を越えたのか?


 色々と考えても答えは出ず、一緒のベッドに寝てても……いつも目に見えない壁が真ん中に存在する始末。

 謝ろうとしてもノイエは怯えたように逃げるし、触れようとすれば全力回避する。


 まさかこの齢でセックスレスな夫婦に?

 それだとノイエとの子供が作れなくなってしまう!

 実は今までやって出来ないから僕に見切りを?


 グルグルと不安な思考が頭の中を渦巻いて、気持ちがへんにゃりしてしまう。

 こんな時に限ってノイエの中の住人達も姿を現してくれないし……そろそろエンドロールが頭の中を流れそうです。




「は?」


 自分の耳を疑った。

 傷心中で何もしたくない、何も考えたくないのに、新国王となったお兄ちゃんに呼び出された。

 国王様の執務室に行くと、所要3人が揃っていて……突然『僕の子供』の話を告げられた。


「魔女マリスアンの報告では、お前の子供ではないそうだが……共和国はお前の子供として『認知』を求めて来るだろう」


 綺麗で整った表情のまま新国王様がそう言って来る。

 ちょっと待って。本当に意味が分からない。


「えっと……えっ?」


 僕に子供とか……やっぱり分からない。


「過去の"僕"は何をしてたんですか?」


 アイルローゼ先生が余計な言葉はノイエに届かないようにしてくれているけど、それでも日々の発言にはそれなりに気を使う。

 まあ先生曰く、僕の耳に伝わる音も大半拾っているとか何とか。プライバシーって何ですか?


 椅子に座り直した新国王(予定)なお兄ちゃんが真っ直ぐこっちを見て来る。


「ハーフレンの報告では、貴族階級の仲間を集い遊び惚けていたと言うことだ。ただその遊びが余り表に出せるようなものでは無く、時には同年齢の令嬢たちも参加していたらしい」


 酒池肉林? じゃ無くて乱交パーティー的な感じですか?

 どこの貴族様かと。ああ自分腐っても王家の者でしたね。その頃は間違いなく。


「違うと言うのは、何を基準にでしょうか?」

「……魔女が一度会ったそうだ。その時の様子や態度、反応などから推理したと言っている」

「なら可能性がゼロでは無いと?」

「その通りだが、こちらとしてはゼロであると言い通すしかない」


 少しでも認める振りをしたら付け込まれるからとか何かですか?

 否、別に良いんだけど……かなり良くは無いんだけど、どうして今そんな話を?


 正直本気で色々と限界なんです。ほら視界が真っ白に……。


「大丈夫かアルグスタ? 顔色が悪いぞ?」


 心配そうに見て来るお兄ちゃんの顔が……あれ? どうして床がこんな近くに?




(c) 甲斐八雲

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