誰その拷問官?
「さて弟よ。今度ばかりは上からの指示だから諦めて仕事をするが良い」
椅子の背もたれに寄りかかり踏ん反り返って胸を張る馬鹿兄貴に、近くにあった書類の束を投げつけておく。
呼び出されたのは近衛団長の執務室。馬鹿兄貴の私室と化している場所だ。
新しく運び込まれた机で仕事をしていたパルとミルの双子が、椅子から立ち上がろうとしてガタッと大きな音を発した。
「結構な勢いで毎日仕事してるんだけどね?」
「……それでも足らないらしい。あっこの書類ここに混ざってたか」
投げつけられた書類を整理していた馬鹿兄貴がピラピラと紙を振る。
「今回のお前への指示書だ。10日前から行方不明だったんで忘れてた」
「良しこの糞兄貴。馬の小便で顔を洗って出直して来い」
またパルとミルがガタガタと椅子を鳴かせているが、この2人は尊敬する相手を変えるべきだと思う。
渡された書類を斜め読みしてザックリと内容を把握。
前に国王様から似たような話を受けた気がするから、それが実行されるってことね。
「これって僕の出番無いでしょ? 基本どっちも国の行事だろうし」
「そう言っているお前は、自分の結婚式でどれだけ書類仕事に時間を費やした?」
「……思い出すと吐き気がこみ上げるくらいかな」
思い出したら胸がムカムカして来た。
「で今回はそれと、兄貴の即位も絡んで来る。正直お前の結婚式の3倍の仕事量は覚悟しておけ」
あの仕事量の3倍ね。
知らない間に仕事の奴が、角を生やしてボディーカラーを赤く塗ったらしい。
こっちの世界に来て唯一の不満は、あのアニメの新作が見れないことだな。種とか運命とかのシリーズは好きだったのに。
「遠い目をして現実逃避するな」
「したくもなるわ! あれの3倍とか拷問だ! 実は拷問を受けた方が楽かもしれないよね!」
今度は馬鹿兄貴が遠い目をした。
「拷問官によるだろうな。ハズレを引いたらその仕事を受けた方が良かったと思うかもしれんぞ」
誰その拷問官? どこの世の悪魔か、魔王ですか?
「そんな拷問を愛する変態をこの国は飼ってるんですか? 怖いわ~」
「……飼ってると言うより住んでるな」
疲れたように頷く馬鹿が、ハッと現実に戻って来た。
「まあ今回ばかりは俺もお前も真面目にやらんとならん」
「不本意ですが仕方ないですね」
「……不本意か?」
きっと僕への指示書なんて見ても居ないであろう兄貴に紙を見せる。で、ついでに1番下……最後の文章を指さす。
『今回の不足分費用はドラグナイト家からの借り入れで賄うほかない。当主アルグスタとの交渉はシュニットに一任する物とする。なおこの文章はインク等で塗り潰してから渡すように』
目を皿のようにして紙を見た馬鹿兄貴が頭を掻き出した。
「うちの財布を国庫として扱うなと言いたい!」
僕の主張は間違えて居ないはずだ。
と、馬鹿兄貴が立ち上がるとコキコキと肩を鳴らした。
「1発殴れば記憶も飛ぶか?」
「自分のミスを棚上げしてそれか!」
「……2発殴って1回は気晴らしで」
「そっちがそう来るならこっちも禁じ手使うぞ、こら!」
机を挟んで睨み合う僕ら。
パルとミルが何も言わずに机の下へ避難していたのは言うまでもない。
「っくしゅん!」
「フレア先輩? 風邪ですか?」
「違うと思うんだけど……っくちゅん!」
「フレアはその毒牙で男を騙しているから、騙されている男たちが呪いの言葉でも唱えているのよ!」
可愛らしいくしゃみを連発しているフレアが顔を上げ、不届きな同僚に天罰を加える。
流れるような何かを見つつ、洗い終えた食器を持つルッテはそれに気づいた。
隊長である少女が、ピクッと動いては止まるを繰り返しているのだ。まるで犬が『今呼ばれたかな? 違うかな?』と迷っているようにも見える。
「休み明けで……みんなまだ気が緩んでるんですかね?」
そう言う最年少の少女は、自分の服の胸元がだいぶ緩んでいる事実に気づいていない。
飛び出してはいないが、ギリギリのところでキープしているたわわな実が柔らかく弾んでいる。
ガン見して眼福を得た兵士たちが、自主練と称して1人また1人と木々の間に姿を消した。
「そんな訳で、現状の仕事と並行してこっちの仕事が降りかかって来ました」
「……」
不満を言いそうなクレアは、事前にケーキを頬張らして沈黙させてある。
最近は執務室の外で待機しているメイドさんに『ケーキ頼みたいんだけど?』と言うと、メニュー表が出て来るようになった。
実はお城の中に支店とか出来て無いよね?
「要は即位式と結婚式を同時にやっちゃおうってことです」
「噂は聞いていたんですけど」
「その噂が現実になっただけ」
呆れつつもイネル君にそう返事をする。
彼はケーキで喉を詰まらせているクレアの身を案じて背中を摩ろうとするが、顔を増々真っ赤にさせた彼女が逃げ出し……余計苦しくなって床を転がる。
甘酸っぱい青春恋愛物は、登場人物次第でラブコメになるって言う典型的な例だな。
あれのどこが良いのか良く分からないが、助けに行ったイネル君が乙女の恥じらいキックを喰らって床を転がる。
結婚相手を探しに来たわりには……社交の場に出たがらないクレアに出会いなど無い訳で。
既婚者であり年長者でもある僕としたら、そんな2人を生暖かく見守りからかうのは義務だと思うんだ。
「とりあえず水色下着のクレアさんや。話が進まんから戻って来てくれる?」
ガバッとスカートを押さえ、遮二無二何かを飲み干したクレアがこっちを睨む。
「この変態がっ!」
「心外な。そんな所で下着を晒す方が変態だと思うぞ?」
増々顔を真っ赤にしてクレアが、やり場の無い怒りに両手を上下に振った。
(c) 甲斐八雲
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