いじめないで、おにいちゃん

「……納得がいかない」

「そんなことを言われましても」


 場所はいつも通りの城内の執務室。

 机の前に立つフレアさんがため息交じりで続けた。


「誰かは分かっていないのですが、大量にプラチナを買い漁っている人が居るみたいです。その術式用のプレートも伝手を頼ってどうにか手に入れられたんですよ?」

「分かってるんだけどね」


 そもそもプラチナの値段が高騰しているのは僕のせいだ。

 ノイエに『新しい鎧を』と思って行動した結果、プラチナの取引価格がまさかの数倍アップ。

 ここぞと蓄えていた商人が大量放出して、市場は供給過多になっているって聞いたのに。


「何で加工費がこんなに高いの?」

「……実質職人の言い値ですからね」


 呆れながらフレアさんも自分が提出した机の上の請求書を手にする。

 興味本位で背後から覗いたクレアが、桁のゼロを数えて顔を蒼くした。


 材料であるプラチナよりも加工費の方がはるかに高いのだ。


「足元見られたかな?」

「かもしれないですね。ただ今回は急ぎと言う指定もありましたし」

「にしても高過ぎない?」

「……たぶんいつもよりかは」


 自覚があるのだろうフレアさんの認めざるを得ない様子だ。


「ふむ」


 腕を組んでちょっと真面目に考える。


 客の顔色を窺って値段を付けるだなんて許せん。平均値を割り出して相場を発表せざるを得ないな。

 この手の話はイケメンお兄ちゃんに回してあっちで考えて貰おう。


「まっ勉強したと思って今回は我慢かな。クレア~。これを確認して間違って無かったらうちへの請求に回しておいて」

「良いんですか?」

「良いよ。届けられる給金が減る分助かるし」


 露骨に嫌そうな顔をしてクレアが僕から請求書を掻っ攫う。


 いや分かっていないだろう? 毎月押し付けられて増えて行く金塊の恐ろしさを。

 本気で銀行……と言うより、紙幣が欲しくなる。

 金庫にあれだけ現金と言うか金がある生活は心臓に良くない。


「アルグスタ様。それで何を?」

「ん~」


 ちょいちょいと手招きしてフレアさんを呼ぶ。

 怪訝そうな表情で近づいてきた彼女だけに聞こえるように口を開く。


「共和国の魔女さんに据え置き式の術式を1つお願いしててね。で、必要だった訳」

「……上にそれは?」

「報告してません。個人的にお願いしたから」


 睨む様な目を向けられ、フレアさんが体を起す。


「私は何も聞いていません。それで宜しいですか?」

「それでお願い。何かあったらこっちのせいにしといて」

「分かりました。では仕事に戻ります」


 一礼して彼女が部屋から出て行く。

 今から郊外の待機所へ直行か……僕ならサボるけどな。

 こっちに対して耳を澄ましているクレアに丸めた紙を投げつけておく。


 ようやくこれで5枚の術式用のプレートが集まった。

 最初の1枚はあっさりと手に入ったけど、それ以降は苦労の連続だったしな。

 最後は彼氏が魔法学院の生徒であるフレアさんにお願いしたんだけどね。


 プレートを手に持つ。


 薄く延ばした白銀の板。大きさ的にはスマホくらいかな? 薄さは1mm無いけどね。

 指で挟む様にして持つとフルフルと揺れる。柔軟性もあるからこれぐらいで折れたりしない。

 まあこれに術式を書き込んで骨に巻き付けるらしいから。


 一応名目上は据え置き式の術式。簡易的な冷蔵庫の作成ってことで話を進めている。

 それっぽい蓋つきの箱も発注して作らせているしね。


 5枚をあの変態魔女に送ったことにして、1枚だけ返して貰うように段取りする。消えた4枚は報酬ってことで十分に言い訳が成り立つ。

 サラッとこんなブラックな提案をして来るアイルローゼって人は、絶対に裏と表で良く無いことをしていた人だと思うよ。


 フルフルと揺れるプレートを見て思う。

 最近この動きが面白くてちょくちょく寝室でやってるけど、それを見ているノイエの目が少し痛い。

 何か延々とプチプチを潰し続ける子供を見る母親のような感じで……見られてて正直辛い。


「良し。今日はここで堪能して行こう」




 帰宅はいつも通りノイエと一緒。でもそこからの彼女はいつもと違った。

 お風呂も食事もノンストップで大急ぎ。先に寝室へと姿を消した。


 このパターンは正直良くない。またあのうっすいのが余計なことを吹き込んだな?


『雌豚のように愛されたいんです! 飼われたいんです!』とか寝言を言ってたから、養豚場をお勧めしたと言うのに……でも快楽を求めるならウサギの方が良んだっけ? 皮膚が擦れて血が出るほどやり続けると言う噂話を聞いたことがある。

 凄いなウサギ。だからバニーガールはあんなにも魅力的なんだな。


「ノイエ~? 入るよ~?」


 恐る恐る部屋に入ると、カーテンを閉ざされた暗い室内のベッドの上にシーツを被ったお嫁さんを発見。


 何をしたいのでしょうか?


 近くによると、シーツの端から顔を出してこっちを見る。


「……いじめないで、ください」

「……」


 衝撃の破壊力だったが我慢した。

 堪えた。これでちょっと涙目だったら危なかったかも。


「いじめないで」


 と、続けざまにノイエの強パンチが!

 だが1回食らっている僕にはもう抗体が出来ているんだ。それぐらいで篭絡されるほど弱い意志じゃっ


「おにいちゃん」


 無意識にノイエに飛びかかっていた。


 そのフレーズは卑怯すぎる。知ってても回避不能だこんちくしょう!


 終始『止めて。いじめないで。おにいちゃん』と言って来るノイエに好いように操られて物凄く頑張ってしまった。


 ってノイエさん……何がしたかったんですか? これが正解で良いの? ねえ?




(c) 甲斐八雲

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