後始末が面倒臭いですよね
時は深夜にまで戻る。
ゴルン中級貴族は激しい憤りに身を焦がしていた。
アルグスタと言う若造が表舞台に姿を現してからと言うもの、全てにおいて真綿で首を締めるかのようにじわじわとやりにくくなっていたのだ。
そして遂にそのやり難さが決定的な物となった。
書類の管理徹底。
当たり前のことだが、その辺り前を巧妙に誤魔化し利益を得て来た者も多い。
その誰もがして来たことが
故に焦る。楽して得ていた物を失う恐怖に……彼は我慢など出来なかった。
自分同様の不正をしていた者に声を掛け、仲間を集め諸悪の根源たる者を排斥しようとした。
だが相手はこの国一の金持ちであり、何より彼女の伴侶は殺人をしても罪に問えぬ相手と来る。
集まった仲間たちは、早々に諦め楽を手放し地道に生きることを選び出した。
だが彼はそれでも足掻こうとした。
仲間に背を向かれても足掻いた。足掻き続けた。
『済まぬな。どうも国の密偵が動いている。我としては楽をして生きることは捨てたくは無いが、その考え方を正さなければならぬようだ。よって引退し家督を子に譲り領土に帰ることとする。お主も足掻き続けずに一度全てを捨てる覚悟を得るべきだろう』
最後の仲間であった古き友は、自分の領土へと引っ込んでしまった。
王都勤めである自分には決して出来ない選択だった。
だが彼の収入は決して少なくは無い。毎日のように贅沢をしなければと言う言葉が付くが。
彼の思考では、王都で努める中級貴族など貴族の名を持つただの貧乏人でしかないのだ。だからこそ金を集めそれを撒くことで失った物を取り戻そうと足掻いていたのだ。
親の代に『能力不足』だと判断され上級から中級に降級し、その暮らしが一変した。
日々の贅沢が消失し、まるで乞食にでも落されたような貧乏臭い生活となった。
両親は『慎ましいがこれはこれで味があって良い』などと、自分たちの失敗をむしろ誇るかのような物の言い方で誤魔化し続けた。
許せなかった。無能な親たちが。だから少量の毒を飲ませ続け、早々に代替わりをして貰った。
それからは聞く限りの方法を用いて自分の生活を豊かにすることに努めた。
後ろめたさなどは無かった。
誰もがしていることを自分もやっていただけなのだから。
「何故だっ!」
理由は分かっている。あの憎き若造がすべて悪いのだ。
だから考えた。
『最初に攻撃してきたのは、金の力でこちらを制して来たのは向こうなのだ』と。
やられたのだからやり返しても文句など言われないはずだ。言わせないのだ。
今夜は高い金で雇った暗殺者が最終確認で来る。
明日の日中にあの若造が視察で郊外に出る。
行きは最強の化け物と一緒だが、帰りは護衛の騎士数名のはずだ。
狙うならそこしかないのだ。
コンコンッ
「入れ」
「失礼します」
老年の執事が入って来た。
自分の忠実な右腕である彼は、両親を殺す毒から手配してくれた人物だ。信は厚い。
「来ました」
「案内しろ」
「はっ」
一礼して彼は出て行った。
待つことしばらく、またドアが……
ゴツゴツッ
鈍い音がして静寂が訪れた。
何かあったのかと思ったが、ゆっくりとドアが……両開きのドアが内側へと開かれる。
両目を見開き、だらしなく舌を垂らした老人が倒れ込み床に汚物をまき散らした。
「何事だっ!」
「毎度。暗殺者で~す」
「なに?」
倒れ込んだ老執事の向こう側に居たのは、背の小さな……何もかもが小さい少女だった。
「お前は確か……?」
「あはっ。知ってる人が居ましたか」
「……」
見覚えがあった。
押し入って来たのは間違いなく、自分が暗殺をと考えていた伴侶の部下だった。
咄嗟に武器に手を伸ばしそれを掴み引き寄せる。
王国軍に所属する彼は最低限の訓練は受けている。剣の使い方から何から一通り学んでいた。
少女は武器を持つ彼など眼中にない様子でヘラヘラと笑う。
「いや~。暗殺者の依頼とかマジで止めて欲しいんですよ。いちいち見つけるのが面倒臭いんで」
「なに?」
「貴方が金で暗殺を生業としている者を雇った……調査は全て終わっています。ゴルン中級貴族様」
今度は恭しくスカートの端を掴み一礼する。
その様子にむかっ腹が立った。遊ばれからかわれている気配しかしないからだ。
「ついでに暗殺者の処理も終えてます。裏路地で女を買おうとした所をブスッと一突き。
いや~私に欲情してくれる貴重な存在だったのに……ああ。こんな仕事もう嫌だ」
突然泣き崩れて床を叩き出す。
ゴルンは彼女が、変人や狂人などと呼ばれている理由の一端を垣間見た気がした。
「でも良いんです。書類仕事から解放される私は、明日から良き相手を探す旅に出るのです!」
両手を掲げ立ち上がった。もう何がしたいのか分からない。
「……何しに来た?」
彼は自然と口を開き質問していた。
ポンと手を叩き懐から何やら包みを取り出した少女が、それを手の平に乗せて見せて来る。
「あっはい。この毒を飲んで死んでください。まだ未遂なので……家族は貴族の位を剥奪されますが生き残れるでしょう」
サラリとパンチの効いた言葉を発してきた。
「ふざけるなっ!」
我慢出来ず剣を抜いて構える。相手は変人だがただの女だ。
あはっと笑った彼女は、腰の後ろに差している剣を抜いた。
「本気なんですけどね?」
「なら笑えんっ! お前らなど化け物の食い残しを掃除する掃除夫だろうがっ!」
兵士たちからはそう言われて揶揄されていることを知っている。
お蔭で同僚共々その存在を消せているのだ。
「……ええ。でもその前はちょこっと有名でしたよ?」
「なに?」
「私が『猟犬』で、あっちは『背面の影』です」
その名を聞いて、ゴルンは自分の心臓が縮み痛むのを感じた。
「猟犬と……影の中の微笑?」
「はい。でも良かったですね。私が相手だからただ死ぬだけです。あっちが相手だと本当にもう……ね?」
「……うっ、うわぁ~っ!」
ただ必死に彼は握り締めた剣を振るった。
数瞬後……彼は背中から刃を突き入れられて絶命した。
「……後始末が面倒臭いんですよね」
部屋のランプを蹴り倒し……それから彼女は、屋敷の中に居る全てを狩り尽したのだった。
(c) 甲斐八雲
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