だからもう一回

 頬に触れた何かの刺激で目が覚めた。

 ゆっくり瞼を開けると、いつもながらに無表情のノイエがジッと覗き込んでいた。


 そっか……ベッドで横になって寝たんだ。


「アルグ様。大丈夫?」

「……」


 どうしてノイエが? まだ外は明るいのに?


「うっすい子がアルグ様が、『悪い顔して歩いてた』って」

「それは語弊があるからね」

「はい」


 悪い顔して歩いているのは馬鹿兄貴だけにして。


「仕事は?」

「だから急いだ」

「どうやって?」

「魔法いっぱい使って」


 また遠距離爆撃か。それとも狙撃か。

 後始末をする部下の人たちに……今度お詫びとして差し入れでも入れよう。


「アルグ様。大丈夫?」

「……」

「?」

「ちょっとダメかも」


 彼女が出来る最大限のご褒美である膝枕をされてても気分が上がらない。

 沈んだままの心が痛い。


「アルグ様」

「なに?」

「私は何も分からない。だからアルグ様の好きにして」

「……」

「何をしても良い」


 無表情な彼女がそう言って軽く両手を広げる。抵抗はしないと言う意思表示。

 ノイエはこんなにも優しい。優しいから護らなきゃ。


「なら少しだけ甘えるね」

「はい」


 身を起こして向かい合い……そして彼女の胸に顔を押し付ける。


 勢い余って押し倒したけど、そっと抱き返してくれる彼女は何も言わない。

 柔らかくて暖かな場所で耳を澄ますと、トクントクンと聞こえる彼女の心音が心地良い。


「ノイエ」

「はい」

「頭を……撫でてくれるかな?」

「はい」


 サワサワと優しく動く手が後頭部付近を撫でてくれる。

 優しい温もりだ。

 子供の頃……良く母さんに甘えた時こうしてくれた。


 うん。今だけ。大丈夫……元気を貰ったら頑張るから。


「アルグ様」

「ん?」

「何か怖いの見た?」

「怖いの?」

「はい。私も見る。子供の頃のこと」

「そっか」

「みんなが血を流して」

「言わなくて良いよ」

「……はい」


 頭を撫でてくれる彼女の手が一瞬止まった。


 ノイエにだって『悪夢』はあるんだ。僕は今日……"最悪"を知ったけど、でもまだ"最低"じゃない。十分に護れる。

 得てしまった祝福を隠して、ノイエに降り注ぐ問題を振り払う。


 彼女をただの道具になんてしない。どんなことがあっても絶対にだ。


「あはは」

「はい?」

「ううん。大丈夫。ちょっと自分が馬鹿だなって気づいただけ」

「……アルグ様は馬鹿じゃない。馬鹿なのはうっすい子」


 ノイエに馬鹿判定されるだなんて凄いぞミシュ。今度教えてあげよう。


「ノイエ」

「はい」

「大好き」

「……はい」


 そうだ。この気持ちは嘘じゃ無いんだ。


 最初は完全な一目惚れだったけど、こうして接していて気付いた。

 彼女は本当に優しくて素直で愛しい大切な僕のお嫁さんだ。

 だったら平気だ。彼女を笑わせる為なら何でも出来る。


 全てを敵に回しても彼女を護ると言う意思が固まった。その点だけは感謝かな。


「よっし! 元気が戻って来たっ!」

「はい」

「……ノイエ。もう放して良いよ?」

「……」


 何故か力が強まっただと?


 ダメダメ。そんなに押し付けられるとノイエのおぱいを強く意識しちゃうっ!

 元気になっちゃうからっ! 下半身の息子が超元気になっちゃうからっ!


「アルグ様」

「……」

「足に硬いモノが?」


 目覚めろ僕の防衛本能っ!


 ノイエを抱えたまま起き上がって座り込む。元気な息子は足の隙間に。


「ノイエ。まだ放してくれないの?」

「……はい」


 膝立ちしてまで僕の頭を抱えている彼女はガッチリキープの体勢だ。

 これはこれでご褒美だから良いんだけど……間が持たない。


「最近はどう? 何かあった?」

「はい。街の人が声を掛けて来る。ドレスのこと……良く聞かれる」


 又聞きした話だと、複数のお店にドレスの注文を出して競わせているとか。

 ドレス代は一律らしいから良いんだけど……赤字覚悟でお店の人も大変だな。


「お店の人。毎日良く働いてる。少しでも失敗したら直す。少しでも汚れたら直す。みんな頑張って作ってる」

「そうなんだ」

「はい。だから気を付ける。着て汚すのは……きっと悪いこと」

「そうだね」


 ノイエは国民から愛されて慕われている。ドラゴンから国を護る英雄だから。

 そして英雄って呼ばれる人物は、権力者から疎まれる存在だ。


 国民の人気を一手に担うから。


 ノイエに野心が無くても、ノイエを操る人物が出て来れば……この国を根底から覆すことも出来る。

 彼女を用いて国民を先導して内乱を起こす。それが権力者たちが描く最悪なシナリオだ。


 僕は少なくとも王家に名を連ねる。だから普通に考えれば決して逆らわない。

 でも野心を持つ者はこれから色々と策を巡らせて来るはずだ。それは国の外にも言える。


「ノイエ」

「はい」

「ノイエは僕を護ってくれる?」

「はい」

「なら僕はノイエを絶対に護るね」

「はい」


 ゆっくりと解かれた彼女の腕……ジッとこっちを見ているのはいつも通りの淡い赤色をした瞳。

 余り見ない瞳の色だ。それに白銀の髪もノイエ以外見かけないな。


「アルグ様」

「なに?」

「湯浴び。一緒に」

「うん。……でも少し待ってね」

「はい」


 暴れん坊モードの息子がまだ収まって無いの。


 と、ジッとこっちを見つめる彼女が動かない。

 頭を撫でてって感じじゃないよね? アホ毛は……微動だにしていないだと?


「ノイエ?」

「……」


 微かに動いた彼女の唇に目を奪われた。

 まさか……ノイエがおねだりだと?


 そっと彼女の肩に手を置いて唇を近づける。スッと向こうから寄ってキスして来た。


「ノイエ」

「はい」

「出来たら……目を閉じてくれると嬉しい」

「はい」


 だからもう一回。




(c) 甲斐八雲

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