また結婚式?

「……でね、今日は色々と聞けてすごく楽しかったんだ」

「はい」

「また次のフレアさんの授業が楽しみだよ。馬鹿兄貴は結局余計なことしか教えてくれないしね」


 最近の定位置。


 お互いベッドに座ってノイエを抱きかかえるスタイルで彼女の肩越しに会話する。

 顔を見られない不満はあるけど、いつも通りの無表情だからまあ我慢は出来る。それにこっちの方が頭を撫でやすくて良い。


「早く授業の日にならないかな。ホント今からが楽しみだ」

「……」




「お前ノイエに何か言ったか?」


 唐突な兄の言葉が衝撃的だ。

 日々これでもかと言葉に気を付けて彼女と接している僕の身にもなれ。


「ノイエが変なことを言ってるなら、僕じゃ無くて売れ残りの方でしょ?」

「言動じゃ無くて……最近ちょっとしたミスが多いらしい」


 ミスったら何か指示したと思われるのも心外だ。


「清廉潔白にして真面目な僕がノイエを唆すだなんて」

「そんなことが出来たらもう童貞卒業してるってか」

「痛い所をありがとうございますっ!」


 胸に太い矢を食らったくらいの衝撃さ。

 まあまだその……良いんです。焦らなくても。新しい住まいが出来たらって決めてるんだからっ!


「で、ノイエが何してるの?」

「ん? ああ。最近とにかく細々としたミスの多発でフレアが死にかけてる」

「……ミシュは?」

「今のアイツは基本人馬の管理が主な仕事だ。経理やら何やらはフレアだ」

「……ルッテとか言う子も居たよね?」

「あれは見習いだ。でもルッテの時はミスがないらしい」


 ん~? たまたま偶然そんな感じなだけじゃ無いの?


「ミス自体が少ないのがノイエの良い所なんだがな。制御不能と暴走は抜きにして」


 そっちの方が大問題。


「分かった。今夜一応注意してみる」

「宜しく頼む」


 さてと。今日の仕事は……何でこう毎日書類の山が出来るんだろうね?

 やる者の特権として集中力が切れる前にノイエ小隊の方から見よう。


「そうだアルグ」

「はい」

「ちと金が足らなくなってな……ノイエが国庫に預けている金を借りた」

「金利は借りた金額に対して一割ね。期限は一年で」

「……サラッと酷いなお前っ!」

「ノイエの財布を預かる以上はちゃんと管理します」


 そもそも断りもなく勝手に持ち出すな。

 訴える先じゃ無かったら裁判してるぞ?


「理由を聞け。ちと困ったことになって、どうしてもお前たちの正式な結婚式を執り行わないとならなくなった。それも近いうちに……全国民を上げて」


 はて? 今薄っすら忘却の彼方にまで葬り去った記憶の扉が開かれたような……?


「また人前でキスをしろとっ!」

「良いだろ別に?」

「ああいうのは……その~。あれです。えっと……」

「野郎が全力で照れるな。気色悪い」


 ぐはっ!


 良いんです。キスはあれです。たまに隙を見てチュッとかするくらいが良いんです。キスの意味自体ノイエは理解して無いんだしね。


 ええ。自己満足ですよっ!


「で、何で今更?」

「だから言ったろ? ちと問題が生じた」

「何が?」

「帝国がケチをつけて来た」


 帝国ってあれだよね? 西の大国で軍事国家の。

 フレアさんの授業を聞いてばっちり覚えたよ。


「で、そこが何て?」

「……お前に対して自国の姫を正室として嫁がせたいってさ」

「ちょっと待ってよっ! 僕の正室はノイエだよ!」

「分かってる」


 嫌々そうに兄が耳を塞いだ。


 その為に僕はドラグナイト家を興して当主になったんだ。

 厳密に言うと今の僕は王家の者で無くて王族の一人になっている。この世界だと王家の人間より地位は下だ。


「向こうが言うには、お前がドラグナイト家を興したという国内外に通達した書類がまだ届いていないそうだ」

「えっ?」

「だからお前は帝国内ではユニバンス家の第三王子のままって扱いだそうだ」


 フッと鼻で笑う彼の様子が全てを物語っている。


 そんなのただの言い逃れだ。

 届いたかどうかだなんてこっちは確認が取れない。


「正式な使者を出したが、たぶん色々な理由で足止めを食らって帝都に着くまでには、向こうが正式な使者をこっちに寄こしているだろうさ」

「断ろうよ! もう僕の正室はノイエなんだし」

「そうだ。でもそうすると……向こうの面子が丸潰れだ。たぶん今度はそんな原因を作ったお前の身柄を引き渡せと騒ぐだろうよ」


 そんな無茶苦茶な。まるでどんな手を使っても、


「……帝国が欲しいのは、僕? それとも」

「ノイエだ。対ドラゴン用として飼いたくて仕方が無いんだろう。

 たぶんノイエを手に入れればドラゴン退治にぶつけて、余った戦力で戦争を始める」

「……本当にノイエをドラゴン"だけ"に?」

「知らんよ。向こうの都合なんてな」


 サーッと目の前が暗くなった。

 血の気が引いて一瞬立ち眩みがしたけど、どうにか踏ん張った。


 下手をすれば帝国は、ノイエを戦争の道具として使う気なのかもしれない。

 絶対に阻止する。


「最良の手は?」

「お前とノイエの結婚を国の行事として最大に行う。これはもう国王と宰相の許可を得ている。貴族への根回しは兄貴の仕事だ。将軍たちはノイエにお前と言う首輪が付くならと大半が賛成に回った」


 考えろ。僕に出来ることを。


 ニヤッと笑った兄が立ち上がり肩を叩いた。


「アルグ。お前は難しいことを考えるな」

「でも」

「難しいことは俺たちがやる。お前の仕事は……ノイエの相手だ」

「……」

「男だったら惚れた女の一人ぐらい確りと護ってやれ」

「はい」


 たまにカッコイイからこの一族は困る。




(c) 甲斐八雲

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