ありがとうの意味

「……グ様。アルグ様」

「!」


 耳元で聞こえた音に全身を強張らせた。

 あれ? 何がどうしてどうなったの?


「アルグ様。大丈夫?」

「おはようノイエ」

「まだ夕方」


 はて?

 言われるがまま空を見たら……うん。まだ薄っすらと蒼い。


「ここから先は、走ることを禁止されてる」

「ん? 分かった」


 分からないけどそう答えたら彼女がゆっくりとしゃがんだ。


 って、ノイエに抱えられているっ!

 瞬間……確かに頭の中でフラッシュバックした。


 そうだ。ノイエに抱えられて、凄いGを食らって気づいたらここだ。


 しゃがんだままの体勢の彼女は何も言って来ない。

 ゆっくりと地面に足を降ろして立とうとしたらよろけた。


 咄嗟にノイエが支えてくれるから心配無いけど……ここはあれですね。ノイエたちの所へ行く時、馬鹿王子と一緒に突破した門だ。


 こっちを見ている門番たちが全員整列して待ってくれている。

 一般の人たちは何事か分からず言い合っているが、数人はノイエの存在に気づいている。自然と手を合わせて彼女を拝むからだ。


「アルグ様。一緒に」

「はいはい」


 手を繋ぐのだと思ったら腕組みでした。

 これはこれで密着率が増えるから悪く無いんだけど……人前でこれをしちゃうとか平気かな?

 ほら。一般の人たちも、門番さんたちもすっごく驚いてるし。


「アルグスタ様」

「なに?」

「一応決まりですので、通行の確認をしていただきたいのですが」


 覚悟を決めて出て来た様子の兵士さんが、緊張でガチガチだ。


 行きは馬鹿王子が護衛の騎馬相手に『俺の前を走った奴。明日から騎士な』とか言い出して競争するもんだから、この門で数人跳ねそうになって見てた僕がちょっとちびったんだ。

 大丈夫。ほんのちょっとだから。


「確認ってどうするの?」

「……腰のお飾りを」


 ん? ああ……この腰の飾りね。


 子供の拳ぐらいの大きさの金色の板だ。毎日メイドさんの手によって付けられてたけど意味があったんだ。


 外して渡すと……そんな恭しく受け取るの? 今、結構ぞんざいに投げたけど?


「ご確認しました。どうぞお通り下さい」

「ノイエのは?」

「王子様のお連れでしたら確認など」


 もう勘弁してくださいと汗が滝の様な兵士さんでした。


 そっか。忘れ気味だけど、僕って王子だから一応偉いんだよね。


「ならノイエ。行こう」

「はい」


 こっちの動きに合わせて彼女は歩いてくれる。


 門を潜って足を止める。

 見送りの為にこっちを向いていた門番さんたちに笑顔を向けて、


「ハーフレン王子は戻って来た?」

「まだにございます」

「ならまた競争しながら来るかもしれないから、人を跳ねないように注意してあげて」

「畏まりました」


 全力で頭を下げて来る門番さんたちに別れを告げて城下町の中を歩く。

 余り見る機会も無かったけど……こうして見ると中世の街並みな感じがして悪く無い。

 ただ街行く人たちがノイエに気づいては手を合わせて来るけどね。


 言葉を拾い集めると……『女神様』とか『どうか明日も無事に過ごせますように』とかそんなのばかりだ。


 確かにノイエはドラゴン退治をしている。

 それはつまりこの国を滅亡から救っていることに他ならない。

 この10年で2つの国がドラゴンが原因で滅びているから、人々からすればノイエは本当の意味で救世主なんだろうな。


「ねえノイエ」

「はい」

「ドラゴン退治は好き?」


 答えは沈黙だった。

 チラッと目を向けると、彼女のアホ毛がフラフラと揺れている。


「ドラゴン退治は嫌い?」

「……」


 また沈黙だ。


 分かっている。彼女がそんなことを考えてドラゴン退治をしている訳では無い。

 自然と呼吸をする様に、彼女はドラゴンを相手しているのだ。


「……分かりません」

「そっか。ならいつか分かるようになろうね」

「はい」

「でも街の人がこんなにノイエに感謝してるんだよ」

「感謝?」


 僅かに首を傾げて僕を見て来る。


「『ありがとう』って言われない?」

「言われます」

「その言葉が『感謝の言葉』だよ。もしかして知らずに使ってた?」


 コクッと小さな頷きが彼女らしい。

 意味を知らずに使ってる言葉とか……ノイエの場合は多そうだ。


「感謝されることは良いこと?」

「うん。良いこと」

「……」


 意味が分からないって空気だな。


「ノイエがたくさん感謝されてると僕も嬉しい」

「アルグ様も?」

「うん」

「……分からない」


 まだノイエには難しいかな?


「なら少しずつ分かるようになろうね」

「……はい」

「良い返事だ」


 片手を伸ばして彼女の頭を撫でてあげる。


 僅かに首を傾げて行為自体を受け入れてくれる。

 やはり撫でられ好きか。


「部屋に帰ったらまた撫でてあげるね」

「……」


 グイッと彼女に引っ張られた。またやらかしたか?


「その前にお風呂と夕飯だからね。それが終わったら……ノイエ? ちょっと聞いてる? 早いから。足の動きががががが」


 撫でて貰う気満々の彼女に引きずられて、僕らはお城の離れへと戻った。




 別々に入浴をしてから、一緒に食事を済ませ……夜が更けるまでノイエの頭を撫でる羽目になった。

 良いの。今は頭だけでも。いずれは全身くまなく撫でるもん!




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る