ドッキリですか?
「おおっ! 息子よっ!」
誰?
目を覚まして体を起こしたら、知らないオッサンに抱き付かれた。
何か抵抗することは許さないような全力のハグだ。
『余計なことを言ったら殺す。黙って頷いてなさい』と、オッサンが物凄く低く僕にしか聞こえない声を耳元で囁いた。
どすの利いた声ってこういうのを言うんだろうな。
訳も分からず死にたくないから素直に黙る。
物凄く重たい瞼をどうにか開いてオッサンが騒ぐのを黙って見続ける。
何となくぼんやりだけど記憶が蘇って来たからだ。
そうだ。僕は死んで幽霊になったんだ。
それがどうして見ず知らずのオッサンに脅かされているのか……確認がてら思い出してみよう。
僕の名前は
仕事中に機械の誤作動で亡くなった父親と、そんな父親の幼馴染だった母親から生まれた一人息子だ。
労災やら保険やら遺族年金やら何やらで、二人で生活していくには困らない収入があった。
でも大金が舞い込んだことで親族縁者との関係がギスギスしたことで、元々住んでいた街から別の街へと引っ越した。
贅沢は僕の誕生日とクリスマスぐらいで、普段は質素な生活を母さんと過ごした。
慣れない街。新しい人間関係。最初に馴染んだ僕とは違い、人見知りのある母さんには物凄いストレスだったらしい。
僕が成長するごとに母さんは痩せて弱くなっていった。
そして高2の冬。母さんはインフルエンザから肺炎を患いそのまま亡くなった。
唯一僕らの元へ訪れてくれる母さんの妹……叔母さんの手を借りながら葬式の準備を終えた日のことだ。
何もかもが始めてで、一応喪主なのでやることが山盛りだった僕の徹夜が、二徹を終えて三徹目に突入した夜のこと……仏壇の蝋燭が何かに燃え移って自宅が火事になった。
半分寝落ちしていた僕は、見事に逃げ遅れてそのまま母さんの後を追うことになった。
のはずだったんだけど、見事幽霊になってしばらくあっちこっちを見て回った。
クラスメイトに別れの挨拶は済ました。思い残すことは無い。
印象に強く残っているのは榊原さんの下着姿と、二階堂さんの隠れ巨乳だ。
この二つはきっと忘れない。
僕と母さんの葬式は叔母さんが手配してくれて執り行われた。
遺骨は父親の遺骨と一緒に家族三人同じ墓に埋葬されるはずだ。
そこまで世話をしてくれた叔母さんが母さんが書いた遺言書を手に、財産の全てを相続したことには文句は無い。年に一度で良いから墓参りでもしてくれればそれで充分幸せだからだ。
確か現世を幽霊となって彷徨っていたら……突然何かに吸い込まれたんだ。
まるで掃除機に吸われる埃の様に、ズボボボボって。
で、気づいたらオッサンに抱き付かれていた。OK。意外と記憶は鮮明だ。
あとはエキサイティングしながら会話しているオッサンが落ち着くのを待とう。
ところでさっきから出て来る"結婚"と言う単語が物凄く気になるんだけど……何の話?
「済まんな。貴族たちはまあ良いとしても他国の外交官共が騒がしくてな」
「はあ」
元居た部屋から移動してどこぞの立派な部屋に通され、キャンキャンと鎧姿の中年と言い合いしていたオッサンがそう言って来た。いやまあそんな話はあとでまとめて聞くとして……失礼だと思うけど視線が好奇心に耐えられずキョロキョロとしてしまう。
正直通された部屋の調度品とかその他諸々に圧倒されていた。
何なんでしょう?
オッサンの服が映画とかで見る、中世の国王っぽい感じに見えるなって思っていたけど……通された部屋は王様の部屋とか言われたら納得してしまいそうな豪華さだ。
壁際の台に置かれている騎士の姿をした金の像とか、もしかして黄金ですか?
勧められるままに椅子に座り、物凄く近い位置でオッサンと向き合う。
白と金の混ざった長い髭をしごいたオッサンが、重々とした様子で口を開いた。
「まず儂とお前の関係を教えておこうか」
「はぁ」
「うむ。親子だ」
「……」
とりあえず辺りを見渡してテレビカメラが無いか一応確認した。
いや幽霊だった時代もあったから……そんな物を探すこと自体もう色々と間違えているのは分かっているんだけど。
「どうかしたか?」
「いえ。"ドッキリ"かと」
「どっきり?」
「いえ。こっちの話です」
「そうか」
あっさりと引いてくれたので助かった。
オッサン……改めてお父さんがうんうん頷いて言葉を続ける。
「お前は儂の息子……三男アルグスタ・フォン・ユニバンス。ユニバンス王国の第三王子だ」
「王子ですか?」
うんうんと頷くお父さん改めて国王が髭をしごいた。
国王っぽく見えると言うのは間違いでは無かったらしい。
と、なると……全くもって何が起きたのか分からない。
「えっと、お父様で宜しいんでしょうか?」
「うむ。前は『父上』と呼ばれていたが……まあ好きに呼ぶと良い」
「ではお父様。あの~僕が息子さんじゃ無いってことは分かってますよね?」
「うむ。分かっている」
力強く頷いてくれたおかげで、心の何処かで凄く安心できた。
これが国王の威厳か。本当に凄いな。
「息子では無い僕を『息子』と呼ぶには何かしらの理由があるんですよね?」
「うむ。あるな」
「えっと……その理由から何から全て説明して貰っても良いですか?」
「当然だ。だが全ての話を聞いても聞かなくても一つだけお前にはして貰うことがある」
「して貰う事?」
膝をくっ付けるように座って居るお蔭で国王が伸ばして来た手が、僕の手を握る。
そっちの趣味とかでは無くて、何と言うか全力で力強い……脅迫染みた握力を感じる。
「結婚だ。お前にはある女性と結婚して貰う。いや……しろ。命令だ」
「はぁ?」
つまり幽霊だった僕は……気づいたら王子になって嫁を押し付けられたってことですか?
(c) 甲斐八雲
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