秘密だらけの僕のお嫁さんは、大陸屈指の実力を誇るドラゴンスレイヤーです

甲斐八雲

Main Story 01

服毒自殺

「ふざけるな……ふざけるなよっ!」


 何度目か分からない激昂に、彼の拳を受け続けているドアは赤黒い色を見せる。

 硬く握りしめた拳から血が溢れ……その血が床にも飛び散っていた。


「俺とお前たちとで何が違う! 母親だけだろう?

 それなのにこの扱いは何だっ! 何なんだっ! 俺が何をしたっ!」


 そう彼は何もしていなかった。

 厳密に言えば"まだ"していなかったのだ。


 準備段階で計画が露呈し……母親の一族諸共捕まってしまった。

 それから約半年。城の地下にある部屋に監禁され続けた彼は、来る日も来る日も恨みつらみを叫び……固く閉じられたドアを叩いていたのだ。


 だが数日前にそのドアが開いた。

『もう開かないのでは?』とさえ思っていたドアが開いた。

 ドアの向こうには二人の兄が居た。その二人がもたらした物は……希望では無く絶望だった。


『お前に残された選択肢は二つだ。一つは王家に忠誠と服従を誓い……をすること。もう一つは』


 冷たく言い放たれた長兄の言葉と、次兄が床に置いた小さな壺。


『その毒を飲んで自ら終わらせるかだ。好きな方を選べ』


 たったそれだけだった。

 どちらを選んでも終わりしか見えない選択肢を突き付け……二人の兄は去って行った。


 分かっていた。分かっている。

 自分がどんなに努力をしようが、他国から高い評価を得るほどの兄たちには追いつきもしないと。


 そんなことは自分が一番良く分かっていた。痛いほどに……苦しいほどに。


 だから母親たちの言葉に応じ、反乱染みた行為を行おうとしたのだから。

 少しでも……兄たちに自分の力を示したかったのだから。


「ふざけるな……ふざけるなっ!」


 しゃがみ込み床を激しく叩いた彼は、ボロボロと涙を溢しながらゆっくりと手を伸ばした。

 床に置かれた壺に、だ。


「ふっ……あはは。まさかこれを飲むとは思っていないだろう? 俺が死んだら困るのはこの国だ。王家の関係者なら誰でも知っている事実だもんな? 馬鹿で愚かな弟は……兄の言うことを聞いて、化け物と一緒に暮らす道を選ぶと思っているだろう?

 ふざけるなっ! 誰がお前らの掌の上で踊り狂って死ぬもんかっ!」


 封を引き剥がし壺の中身を一気に煽る。

 喉を焼く痛みに、喉を燃やす激痛に……かふっと血を吐いて床を転がる。


「さあ……苦しめ。俺の終わりと同じように……この国も苦しんでしまえっ!」


 塊の血と共に掃き出されたのは、第三王子の末期の叫びだった。




「お前たちはっ!」


 激しい怒りを必死に抑え込む国王の姿に……彼はため息一つ吐き出すと、ガリガリと頭を掻いた。


「仕方あるまい親父よ? 兄貴と俺の暗殺を目論んだ首謀者をいつまでも生かしている方に問題がある」


 本来なら公開処刑をする所を、父親である国王の助命もあって『病気』と偽って地下室に隠して来た。

 だがその事実はいつかは明るみに出てしまう。


「だから最後の機会を与えた。ノイエとの結婚か自殺かの二択だったがな」

「……その結果はどうだ?」

「毒を飲んだな」


 台の上に横たえられている死体は弟だった者だ。

 だが"術式魔法"と呼ばれる物が使用され、その肉体が腐ることの無いように現状維持の状態にされている。


「儂が怒っているのは……どうやってこの死体とノイエを結婚させるのかと言うことだ」

「……」

「お前たちの気持ちは分かる。痛いほど分かる。

 だがな……時と場合によっては、暗殺を企んだ者ですら許す寛容さが必要なのだ。それなのに毒を渡して無理を言えば、その毒を飲み干すくらい分かるであろうっ!」


 硬く握り振り上げた拳の下ろす先を見つけられず……国王は自分の手を打った。


「誰がノイエと結婚する? お前たちは心の何処かで、『アルグスタは毒を飲まない』と油断していたのではないか? その油断がこのような結果を招く。国の上に立つ者となるならばもっと頭を使え」

「……頭を使うのは兄貴の専門だよ」


 地方巡視で留守にしている兄を呪い、彼は国王を見た。


「ただこうも頑なになっていたら、どんな説得にも応じなかっただろう?」

「……生きていれば方法などある。催眠術式や薬を使うなり、な」

「父親としてそれこそどうよ?」

「仕方あるまい。今は緊急事態だ」


 どちらも人体に大きな後遺症を発するが、それでも使わざるを得ない状況なのだ。

 だからこそ国王は考える。この小国が無事に生き残っていくには必要なことを。


「ハーフレン」

「ん?」

「魔法使いを集めよ」

「構わんがどうする?」

「……まず蘇生術式を使う」

「親父? 気持ちは分かるが」


 息子の言葉を片手で制し、彼は言葉を続けた。


「この肉体を治す。そして次に憑依術式を使う」

「……禁呪の連続だぞ? 他国に知られれば流石にヤバい」

「だがやるしかない。それにどの国も今現在戦争をするほど兵を動かせん」


 横たわる息子の顔に掛けられた白い布を剥ぎ……国王は物言わぬ息子を見た。

 猛毒を一気に煽ったせいだろう……口から喉、胸にかけての皮膚や肉が焼けたように爛れている。

 優秀過ぎる二人の兄に追いつこうと出来ぬ背伸びを繰り返し、その足元から全てを滑らせ果てた息子の姿は余りにも酷かった。


「この体に適した魂を見つけ宿らせる。そしてノイエと結婚させる……もうそれしかない」

「……この世界にノイエと結婚する奇特な人物って居るのか?」


 そもそもの質問に国王も返答に困った。

 居ないからこそこんなにも面倒臭くて大変な事態に陥っているのだ。


「どうせ禁忌を犯すのだ。憑依では無く召喚を用いて異なる世界から呼び寄せることとしよう」

「……正気か親父?」

「すがれる物なら何にだってすがるしかあるまい」


 覚悟を決めた国王の様子に彼も諦めた。


「ハーフレンに命ずる。どんな手を使っても構わん。この体にノイエと結婚する者を宿らせよ」

「はっ! 近衛兵長ハーフレン……国王の命に従います」


 深く頷き国王の命令を受諾した。


「とりあえず最低でも、『雌だったら何にでも興奮する飢えた童貞野郎』でも選考基準に加えておくか」

「悪くは無いが……せめて"王子"として振る舞える知性を擁する者を選べ」

「そうだな。腐っても俺の弟になる訳だしな」


 やれやれと第二王子は肩を竦めた。




(c) 甲斐八雲

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