第6話

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 アキナはクウガに付き従って、深夜の鴨川沿いを歩いていた。

(草木も眠る丑三つ時ってやつだね。昔、この辺りで処刑も行われたって話だし、正直けっこう怖いよね。けどなんだろ。しなきゃならない事って。クウガのこんなむちゃくちゃな指示って初めてだ)

 アキナは不思議に思いつつ、橋の真下まで来た。するとクウガは歩みを止めた。

「こんな場所まで呼び出してすまなかった。でも今回の案件は重大なんだよ。非神人への超念武サイコヴェイラーの転移に、先の事件で起きたような謎の危険生命体の出現。うまくやれば、両方を解決に導ける。研究の結果が今日出たんだ」

「え、すごい。すごいよクウガ。蓮くんの事件って、その二つのせいでこんがらかったようなものだからね。ズバッと解決したら、世界はまた一歩平和に近づいちゃうよね。そんでそんで、いったい何をどうしたらいいの? 私、大喜びで手伝っちゃうよ」

 後ろを向いたままのクウガの重厚な言葉に、幸せな気分のアキナは早口でまくし立てた。するとアキナの視界の左のほうに、白色の真球が出現した。

クウガがくうへと拳を振るった。アキナは戦慄。後ろに飛びのこうとする。

だが、ゴガッ! 顔面に凄まじい衝撃が来た。アキナの身体はぐるんと回転し、地面に叩きつけられる。それでも止まらず、二回、三回、四回。受け身も一切取れずに地を跳ねてようやく止まった。

(……ぐっ! クウガ? 何で私を襲って……。それに今の攻撃はどうやって……)

 アキナは思考を巡らせつつ、激痛に耐えてゆらりと立ち上がった。

「さすがの反応だな。クリーンヒットしていれば、すぐに楽になれたものを」

厳かな調子で言ったクウガは、確実な足取りで歩を進めてくる。

「万物は化学元素から成っていて、窒素、炭素等、様々な種類がある。しかし超念武サイコヴェイラー遣いを超念武サイコヴェイラー遣いたらしめているのは、念素と名付けられた体中を循環する元素であり、これは一般人にはない超念武サイコヴェイラー遣い特有のもの。ここまではお前も知っているだろ」

 冷徹そのものな調子で、クウガは事実を告げた。アキナは小さく頷きつつ、クウガの言葉を反芻する。

「通常の神人の念素は神人自身の体内で巡るのみ。だがお前の場合は、どういうわけか念素が環境中に流出する。非神人が超念武サイコヴェイラーを使えるようになるのはそのためだ。また蓮の事件で謎の生物が現れた理由は、お前が垂れ流す念素に引きつけられて、だ。詳細ははっきりわかっていないが、奴らは『仮想空間』から転移してきているものと考えられる。これらの報告を受けた上層部は、お前の抹殺を決定した。

 筋書きはこうだ。蓮の事件で出現した危険生命体の残党の気配を感じ、俺とアキナは鴨川に赴いた。しかし強大な力を有する敵に苦戦。アキナは殺されるも俺は敵をどうにか倒して生還した」

(そんな。私が原因だったの? だからって──)

 絶望するアキナに構わずクウガは淡々と説明を続ける。

「他にもお前が異常な点は多い。超念武サイコヴェイラーの力の痕跡が感じ取れる、不可視なはずの水無瀬葵依の攻撃が視認できる、誰も知らないはずの敵の名前を口に出す、意識のない状態で敵の生み出した禍々しい霧を吸収して自分の力に変える、等だな。おそらく、生まれた時の親の消失と何らかの関係がある。お前の親が『仮想空間』にいた頃に、何か想像も付かない事象が降りかかったというのが今の研究者たちの見解だ」

「……そ、そんな。待って、待ってよクウガ。私が何かしたの? 普通に生まれて普通に育って。みんなの役に立ちたくて、危険な任務も頑張ってこなして。でも巡り合わせが悪くておかしなことが起きて……」

 アキナは必死で弁明するも、クウガの表情は揺らがない。

「ああ、お前に責任はない。それに俺だって、長い間共闘してきた仲間の殺害には抵抗がある。だが物事には優先順位があるんだよ。この世界の人々の大半は、自分たちの脅威となりうる神人を、好意を持って受け入れてくれた。だから俺たちはその温情に報いなければならない。俺は一般大衆の脅威であるなら、味方を消すのも厭わない」

 断固たる宣言に、アキナは無力さを痛感する。

 全力で抵抗すれば逃げられる可能性はある。だが逃亡したところでどうなる? お尋ね者となって人目を忍んで生活して、周囲に悪い影響を振りまき続けて──。

(死ぬ、しかないのかな。でも私、私……)

 死の恐怖、己の運命への絶望、クウガへの苛立ち。様々な負の思考に支配されるアキナは、その場にへたり込んだ。ぽとり。涙が一粒膝に落ちる。

「気持ちの整理はついたか。苦痛を長引かせるのは趣味ではないし、人道にもとる。すぐに楽にしてやる」

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