第6話
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片足立ちのアキナは、右足の甲で葵依の扇の扇面(通常の扇であれば布が貼られる箇所)と鍔迫り合っていた。大きさは、半径がアキナの身長ほどである。めいっぱいの力を籠めるが押し切れる様子はない。
「ふふ、さっきのあんた、お仲間二人が感知できない攻撃を視認できて鼻高々って感じやったなぁ。けどざぁんねん。うちの攻撃が見えるのとうちに勝てるのとは、まったくもって別の事柄やさかい」
歌うように楽しげに、葵依は言葉を投げかけた。するとふうっと扇が薄くなって消失した。
(なっ!)混乱するアキナは、頭上に気配を感じた。即座に顔を上げると、三メートルほど頭上、扇が再出現していた。尻の部分からすごい勢いで垂直落下してくる。
アキナは慌てて右方に
「その力! そんなの私、見たことないよ! あなた、いったいどうやって手に入れたの!」アキナは鋭く追及した。
「懇切丁寧に教える義理はないんやけどなぁ。まあ特別サァビスや。五、六年前やったかいな。ある日、気ぃついたら身についとって、ちょっと練習したら今ぐらい使えるようになったなぁ。あたかもうちという人間が、持つことを宿命づけられているみたいな感じやわ。うまく言い表せてるかは甚だ怪しいけどな」
(宿命……。
深刻な考えを巡らせていると、扇は葵依の眼前、葵依を守るように広がった状態で現れた。向こうでは葵依が、余裕ぶった笑顔を見せている。
「うちはこの通り、小さい時からずうっとお淑やかで雅なおなごやった。それで身の丈に合った学校に進んで、衣食住なんの不自由もなくて、一見満たされているようやった。
けどなぁんか物足りんかったんやな。おとうはんの深遠な思想に基づく活動に、どうにかして関わりたかった。そんな時やった。この力がうちの中から湧いてきたのは。そりゃあ喜んだわぁ。うちらに仇なす不届き者を、自らの手で葬り去れるんやからなぁ」
葵依は感慨深げな調子だが、邪悪さが言葉の端々に滲んでいた。表情は奇妙なほど爽快だった。
(なんだか嬉しそうに楽しそうにぺちゃくちゃ喋ってるけど、性悪女がどうやって性悪になったかなんて、私はこれっぽっちも興味がないよ! これ以上聞いてたら、こっちまでおかしな思想に呑まれちゃいそう。よし、ちょいと揺さぶってみますか)
アキナは両手を目の高さにやり、ムエタイの構えを取った。ゆったりと呼吸して気を高めると、ピキ、ピキピキ。冷ややかな音色とともに、大小様々な数十もの氷の礫がアキナの周りに現出した。
さらに精神集中し、自らを中心とした半円に満遍なく氷の礫を展開。その半径は一〇メートル近かった。
間髪を入れずに左足を踏み込み、右でミドルキックを撃った。すると氷の礫は急加速。扇による防御を掻い潜るべく、多角的に葵依へと飛んでいく。
「そないにいけずばっかりしやはって。そんじゃあうちも負けてられんなぁ」
気楽に呟くや否や、葵依の扇は数十に分裂した。大きさこそ葵依の顔ほどになったが、扇は精密に氷の礫の進路を阻んだ。アキナの氷はすべて捉えられ、粉々になって落下する。
「氷は囮! あなたを討つのは私自身!」
強く叫びつつ、アキナは回転の後に斜め前に跳躍。空中で上体の回転を急停止すると、屈曲させていた右足を振り抜いた。渾身のティミョトラヨプチャチルギ(跳び回転横蹴り)を、葵依の喉元目掛けて放つ。
ズバチッ! アキナの靴が、トルリョチャギの時とは比較にならない規模の黒雷を纏った。
だが葵依は機敏に反応。左に移動し、アキナの渾身の攻撃は空を切った。滑らかに着地してさっと向き直る。
葵依は自らの周囲に、小さな扇をたくさん控えさせていた。
「嬢ちゃんと、似たよな技で意趣返し」五七五の緩く楽し気な呟きの直後、その全てがアキナに向かってきた。
アキナはバク転を繰り返し、どうにか全て躱した。ドスッと音がして、膝下まで埋まりそうな穴がたくさん開いた。
(分裂させても威力はほとんど落ちないのか。まーまーやっかいだな。それとあいつが扇を分裂させた時、私のずっと後ろでも『力』の気配がしたような……)
冷静に分析していると、葵依は扇を合体させて大きな一つに戻した。
「どうや、なかなかの力やろ。扇ってゆう形状も雅なうちに合っとるし、結構気に入ってるんやえ」
葵依は満足そうな顔付きだった。姿勢は戦いが始まってからずっと、左を少し前にした直立状態だった。アキナはその優美さに、舞妓を連想してしまう。
「それと当然扇やさかいな。ご期待通り、こぉんな攻撃もできるんやで」
葵依の扇が扇面だけを後方に引いた。すぐに超高速で逆の軌道を描くと、爆発のような音とともに風が生じた。
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