第8話
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その後、蓮たちは襲撃に備えながら鴨川沿いを後にした。近くの病院で蓮の腕の手当てをして(軽傷だった)、京都府警察部に向かった。建物は鉄筋コンクリート造り三階建てで、外壁には白色のスクラッチ・タイルが貼られていた。
アーチ状の玄関を抜けた四人は、扉を開けて中へと入った。玄関で身分と要件を告げると、若い男の刑事が来て刑事課強行犯係への引率を申し出た。男の刑事は終始、神経質な様であり、蓮は、クウガたち神人の立場の高さを否応なしに感じた。
四人は応接室に通され、一つのソファに腰掛けた。程なくして、きっちりした黒の背広を身に付けた警察官が姿を現した。
「クウガ=フェリックス殿、アキナ=アフィリエ殿。わざわざご足労いただき、まことに申し訳ない。恐悦至極、この上ない思いです」
へりくだった物腰の挨拶に、「お気になさらないで下さい」と、クウガが平坦に返した。
「そちらのお二方は、正治さんのご家族ですな。私は、刑事課管理官の平良
平良の口振りは丁重ではあったが、型に嵌った謝罪な感じも受けた。
「いえ、気にしないでください。仕方がないですし」と蓮はぼそりと返事をした。まじまじと、硬い笑みを浮かべる平良を注視し始めた。
平良は豊富な黒髪を、きっちりと真ん中で分けていた。年は五十を超えたくらいに思われ、体格は年齢を感じさせないがっしりとしたものだった。どちらかというと面長な顔は、刑事らしく、精悍で落ち着いている。しかし蓮は、平良の雰囲気にそこはかとなく裏を感じていた。
「緒形正治さん殺害事件に関してお尋ねします。先ほど自分たちが現場を見分したところ、草地の一部が抉れたような、不自然な箇所が存在しました。こちらについて、何のご連絡も頂いておりません。詳細をお聞かせ願えますか」
真顔で平良を見据えつつ、クウガは厳かな調子で問うた。年齢が三倍近い平良に対しても、物怖じする様子はまったく見られない。
だが平良は、微塵も表情を崩さなかった。たっぷりと間を取った後に、おもむろに口を開く。
「そちらについては、事件の発生前に既に草地はその状態になっていた、との報告を保安課から貰っています。近くに住む子供の、遊びか何かが原因でしょうな。故に事件とは関係がないものと考え、お伝えしなかった。以上が顛末ですが、まだ何かありますかな」
平良は鷹揚に返すが、クウガは真顔のまま追及を続ける。
「自分たちは神人の独自の手法により、事件発生と草地の抉れの発生が同時刻であり、
一見、静かな佇まいのクウガの凄むような問い掛けを受けて、平良の面持ちに焦りが混じり始めた。
するとブゥン! 唐突に鈍い音がしたかと思うと、平良の眼前に漆黒の真球が出現した。
「ひっ!」平良は切羽詰まった声を出してのけぞる。荷重がかかってバランスが崩れ、ソファが後ろに倒れた。平良も追随し、ドンっとソファーの向こう側に肩をぶつける。
真球はすうっと滑空していき、再び平良の目の前に移動した。何色にも染まらないであろう黒すぎる黒が、平良の精神を圧迫する。
「平良警視、嘘は感心しませんね。信賞必罰、因果応報。道を誤ったものの末路を、この国の偉大なる先人は様々な言葉で語っている。選択の時ですよ。我々を敵に回すとどうなるか、先の大戦で充分にわかって頂けたものと思っていましたが。貴方方の識見を買い被っていましたかね」
平良のこめかみに、つーっと汗が伝った。ややあって、「お、お話しします! お話ししますから!」と、焦った語調で平良は言葉を捻り出した。
(事情はよくわからないけど、府警のお偉いさんをここまで追い詰めるかよ。それにさっきの転倒、一歩間違えたら大怪我だぞ。恐ろしいというか、狂気じみてるというか。とにかく計り知れないやつだな)
無言の状況が続く中、蓮は一人、戦慄を覚えていた。
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