第7話
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四条大橋へと赴いた四人は、石の階段を下りて河原へと降り立った。十五メートルほどの幅の草地には、ぽつぽつと行き交う人の姿が見られる。
穏やかに流れる鴨川は、夕焼けを浴びて橙の輝きを見せていた。三条大橋の方角では、一羽の鷺がじいっと水面を見つめている。
逆側には二階建ての旅館など、京都を感じさせる日本家屋が立ち並んでいて、和の風情がある柔らかい明かりが窓から漏れてきていた。
アキナは警察から引き継いだホッチキス止めされた書類を、難しい面持ちで凝視していた。
「事件はちょうど二か月前の九月十一日で、殺害現場はここ、
いつになく神妙にアキナが呟いた。
「発生時刻は午後十時頃。時間が時間だから、人通りは少ないだろ」とクウガが端的に指摘を返す。
「そっか、うっかりしてたね」と、アキナが小さく零した。直後、宙を舞うアオサギが、短く鳴いた。
「私たちが報告を受けた日時は、翌日の早朝でした。警察に呼ばれて遺体安置所に行き、夫の亡骸と対面してから事件の説明を受けました。詳細は、お話しする必要はありませんよね。警察からの資料をお持ちなんですもの」
雪枝の語調は、丁重だが沈んだものだった。遠くを見るような顔には、深い苦悩が見受けられる。
「京都府警察部は大がかりな捜査をするも、犯人の手掛かりはまったく得られず、捜査本部は四十二日で規模が大幅に縮小。専従捜査員二名だけとなり、事件は迷宮入りの様相を呈している、か」
厳粛な雰囲気のクウガは地面を注視しつつ、慎重に辺りを歩き回っていた。しかしふいに立ち止まり、すぐにゆっくりとしゃがみ込んだ。
「……アキナ、来てくれ。ここ、臭い」クウガの怪しむような言葉を受けて、アキナはすうっと接近していった。
アキナがクウガの隣に至ると、ぴたりと動きを止めた。四人の間に静寂が訪れる。
五秒ほどすると、「うん」と、アキナが確信したような調子で発語した。
蓮と雪枝は、アキナたちに近づいた。「何かあったのですか」と、雪枝が期待を滲ませた風に尋ねた。
「私はね、
どこか寂しげな佇まいのアキナは、ぴっと地面の一点を指差した。
「で、ここ、草が周りより微妙に生長してないでしょ? そんでクウガの指示で近づいたら、びびっと来たってわけ。この場所でそう遠くない時期に、
アキナの重い告白から一呼吸を置いて、クウガの訝しげな声がし始める。
「警察の捜査に、手落ちがあった? いや、これはむしろ……」
蓮が反射的に向き直ると、クウガはさっと立ち上がった。
「これから京都府警察部に向かいます。不可解な点が多く、問い質して、明確にする必要がある」
冷ややかなまでに落ち着いた声音の宣言に、蓮は言葉を失う思いだった。
ふと、蓮は視界の端に黒点を見つけた。反射的にそちらを向く。何かが超高速で飛来してきていた。
「危ない!」蓮はアキナを突き飛ばした。刹那、ジュッ! 左手の前腕を物体がかすめる。
「ぐっ!」痛みと熱に、蓮はその場に両手を突いた。やがてじわじわと、腕に血が滲み始める。
「銃弾! 蓮くん! 私を守ろうとして──」
アキナの悲痛な叫びが耳に届く。
「一般人を巻き込むか。骨の髄まで外道だな。反吐が出る」
冷たい面持ちで呟き、クウガは銃弾が来た方向に向き直った。難しい面持ちで、宙の一点を凝視し始める。
「……ふん、その手で来たか。まあ予測の範疇だ。アキナ!」
クウガが轟く声で叫んだ。
「はい!」とアキナはクウガに負けない声量で凜々しく答えた。
(ちょっと待て。「予測」? 何が起きてんだ?)
混乱する蓮だったが、やがてはるか遠くに位置する黒い球形の物体に気づいた。蓮が凝視している間にも、黒球は大きさを増していく。
(なんだありゃあ、近づいてきてるのか? まさか大砲の……)
次の瞬間、ジャキン! 刃を研いだような音が傍らから聞こえた。音のした方向に目を遣ると、アキナが厳しい顔を黒球に向けていた。ただ異様なのはその脚だった。
セーラー服姿のアキナの腰から下を、艶やかに黒光りする装甲が覆っていた。表面は滑らかで、掌ほどの大きさの鱗のような素材が何枚も繋がっている。靴は装甲と切り離されており、同種ではあるがより小さな部材で構成されていた。
蓮が驚いている間にも、黒球は音を立てて飛来する。前方三〇メートルに至ると、アキナは握り込んだ両の手を後ろに引いて構えた。脚は肩幅以上に開かれており、仁王立ちの様相を呈している。
黒球がアキナの近くまで来た。アキナはその場で跳躍。空中で身体を水平に倒すと、右足を凄まじい速さで振りぬいた。
ガギッ! アキナの足の甲と黒球が衝突し、重低音が盛大に辺りに響いた。黒球はほとんど水平方向に飛んで行った。勢いはほぼ飛来時と同じで、蓮は瞠目する。
一瞬の後にドボン! 鴨川に飛翔物体が着水し、轟音が響き渡った。水柱が高々と立ち上り、やがてバシャリと音を立てて鴨川に落ちた。
「ふうっ、うまいこと鴨川の真ん中に落とせたね。人的損傷、物的損傷いずれもゼロ。にしても徹甲弾(装甲を穿つのが目的)と来ましたか。私たちなんだか戦艦扱いされちゃってるよね。妥当で賢明なチョイスだけど、利かないのはどっちみち同じなんだよねー」
アキナは気安い語調で感慨を口にした。汗を拭く仕草には、焦った雰囲気が全く感じられない。
(大砲の弾を生身で打ち返した挙句、被害が出ないよう川に落ちるように調節? わかっちゃあいたが、実物はやっぱり異常だ!)
アキナとクウガがまだ警戒し続ける一方で、蓮は一人、驚異で目を見張っていた。
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