世界一醜い親友

あつしじゅん

第1話

 第一話 病院


 一つの家族が火事にあった。父親は仕事、母親は買い物で外にいて無事だったが、風邪で学校を休んでいた小学校四年生の少年は、火事に巻き込まれた。少年は、不幸中の幸いで、一命を取り留めたのだが……。

 病院の全てが白で統一された個室。医師、看護師、父母が見守る中、少年は鏡と向き合っていた。

 少年は、ミイラのように巻かれていた、顔から上半身の包帯を取った。今日から以前のように友達と校庭でサッカーが出来る。雨だったらテレビゲームでもいい。兎に角みんなと遊べる、そう思っていた。

 だが、包帯を取り鏡に映し出されたのは、お化けだった。父も母も、医者の先生も看護師さんも時間が止まったように何も言わなかった。

 帰り道、人々は少年の顔に注目した。ある人は嫌なものを見たといった表情をしたし、ある人は気の毒そうな顔をしていた。少年は、誰とも会いたくなくなった。



 

 第二話 家


 少年は、何日も家から出ないでいた。こんな顔では、みんなに会えない。そういった思いが日に日に強くなるばかりだった。

 日がな一日、パジャマのまま薄暗い自分の部屋でテレビを見たりネットをしたり、変わらない毎日を送っていた。今日も朝起きてからずっとテレビを茫然自失と見ていた。ニュースで、近くの動物園から動物が逃げたと報道されていた。何でも世界一醜いと言われる動物らしい。映像を見ると確かに醜かった。体毛は殆どなくガサガサの肌、口から二本の歯が飛び出るように生えている。だが、今の自分と比べると、その動物を醜いと言える自信はなかった。寧ろ、その姿に親近感を覚えたくらいだった。しかし同時に、自分もこれと同じなのかと思うと、益々外の世界が遠ざかった。

 溜息を付きながらカーテンを開け、二階の自分の部屋から外を見やると、外は雨が降っていた。まるで少年の心を表象するかのようにシトシトと降っていた。

 なんとはなしに、眼下の小さな庭を見ると、花壇に蠢く肌色の物体が目に入った。最初は気のせいか、怪我の後遺症かとも思ったが、どうやらそうではなく、それは確実にモゾモゾと動いていた。

 少年は外に出たくはなかったが、それが無性に気になり、近くにあったお面を被り部屋から出ることにした。

 少年は部屋から出るとき、好きな漫画の登場人物のお面を被って外にでる。その登場人物は、元々体が弱く虐められていたのだが、努力して強くなり、空手の大会で優勝するまでになるというキャラクターだった。それは、単に素顔を隠すだけでなく、それを被れば、少し強くなったような気になれるお面だった。

 少年は、意を決してドアを開け、暗い階段をミシミシと下り、玄関にあるビニール傘を手に取り、誰もいないリビングから外へと出た。そこから素早く花壇まで移動し、それを見つけた。

(テレビで見たやつだ!)

 少年は、胸を高鳴らせながら、それを掴もうとした。そこで、誰かから声がかかった。

「そこに誰かいるのかい?」

「え?」

 注意深く少年は周囲を見渡したが、誰もいない。

「オイラ、生まれつき目が見えないんだ」

 少年は気づいた。目の前にいる生物が自分に語りかけているのだと。

「しゃ、しゃべれるの?」

「え? そう言えばそうだ。オイラいつから人間の言葉を話せるようになったんだ?」

 小首を傾げながら聞いてくるその生物に、同じく頭上にはてなマークを乗せた少年が答える。

「いや、僕に聞かれてもわからないよ。それより君を掴ませてもらっていいかな?」

「え? まさか動物園の人じゃないよね? 折角逃げてきたのに、それは勘弁だよ」

 怯えを見せる小動物に、少年は優しい口調で語りかけた。

「違うよ。僕は、千葉頑太(ちばがんた)。小学四年生」

「そっか、良かった。オイラ、ハダカデバネズミの……そう言えば名前がないな。何かつけてよ」

「それはいいけど、一旦中に入っていいかな? 僕はあまり外に出たくないんだ」

「ふーん、変わってるね。まあいいや、わかったよ」

 頑太は、デバネズミを手のひらに掬うように乗せると、素早く逆戻りした。

 部屋に戻るとお面を取り、ネット通販のダンボールに着古したTシャツを入れて、急ごしらえの巣を作った。そこへ、デバネズミを入れると、しげしげと観察した。

「あのー、今君は何をやっているんだい? さっき言ったけど、オイラ目が見えないんだ」

「あ、ごめん。珍しくて」

「そっか、そうだよね。あの……やっぱり君もオイラを気持ち悪いと思うのかい?」

 頑太は、唐突な問に言葉を詰まらせた。

「……答えないってことは、そういうことなんだね」

「いや、そうじゃ……」

「いや、いいんだよ。動物園では毎日毎日お客さんから言われてたんだから慣れっこさ……ちょっとだけへこむけど」

「……ごめん。でも、僕も君と同じような立場なんだ」

「どういうことなんだい?」

 聞かれた頑太は、火事で顔が焼けてしまって外に出れないことを話した。その間、フンフンと頷きながら聞いていたデバネズミだったが、聞き終わるとうーんと唸って口を開いた。

「それだとさ、オイラ達は一生外に出られないことになるよね?」

「え?」

「そりゃ、最初そうじゃなかった人がそうなったらショックは大きいかもしれないけどさ、オイラ達は生まれてからずっとこんな感じなわけ。言ってることわかる?」

「そ、そうか。ごめん」

「あ、いや、説教するつもりはないんだ。こっちこそごめん。それより、名前をつけておくれよ」

 頑太は、そう言えば花壇でそういった話をしていたことを思い出した。

「うーん。ハダ君」

「いくらなんでも安直すぎるでしょ」

「ハダカ君」

「最初のやつとほぼ変わってないね。もっと人間っぽい感じがいいな」

「うーん注文が多いな……ハダ太郎」

「イマイチだね、却下」

 困った頑太は、ふとお面に目をやった。

「ベスト君はどうかな? 僕の好きな漫画の主人公なんだ。とっても強くて頑張り屋なんだ」

 デバネズミは、器用に二本足で立つと、短い腕を組んで首肯した。

「うん、まあそれでいいや。よろしく……えっと……」

「頑太だよ」

「そうだった頑太、よろしく」

「うん、よろしくベスト君」

 こうして、二人の奇妙な生活が始まったのだった。



 第三話 仲間を求めて


 頑太とベストは、部屋で一日中話していた。頑太は、主に友達のことや漫画の話をした。ベストは、毎日気持ち悪いと言われたり、ただただ働く毎日に嫌気が差して、飼育員の目を盗んで逃げたことを話した。

「なるほど、ベスト君も大変だったんだね」

「そうだよ、やってらんないよ!」

「そう、これからはどうするの?」

「うーん、取り敢えず、オイラを受け入れてくれるような仲間を探そうと思っているんだ」

「仲間? どんな?」

「オイラが目星をつけているのはネズミだよ。ハムスターは、可愛いいって聞いたことがあるから分かり合えないと思うんだ」

「そっか。そういえば最近家の天井裏に住んでいるみたいなんだけど行ってみる?」

「おお、そいつは助かるよ。是非お願いするよ」

 こうして頑太は、ベストを手に持って、天井裏につながる部屋へ移動した。


 頑太は、物置になっている部屋の物品をのけて、脚立を使って天井の入り口を開けた。中は暗く埃っぽい。

「暗いけど大丈夫?」

「オイラ元々目が見えないかわりに鼻がいいから問題ないよ」

 それならと思い、頑太はベストを闇に解き放った。

「友達になれるといいね」

「うん、祈っていてくれよ」

 ベストが、闇へ消えて少しの時間が立った頃、突如悲鳴が聞こえた。

「ぎゃーー!」

「え? ど、どうしたのベスト君!」

 すると、ベストが体中から血を流しながら現れた。

「だ、駄目だった。お前は気持ち悪いって」

「……そっか」

「正直ショックだけど、オイラまだまだ諦めないよ。頑太、手伝っておくれよ。仲間探し」

「う、うんわかった」

 そう言いながらも、頑太は不安に思っていた。ネズミより嫌われている哺乳類がこの近くにいるのかと……。



 日がとっぷりと暮れて夜になった。共働きの両親も帰宅して、頑太にそれぞれ「ご飯ができたから一緒に食べないか?」と声をかけてきたので、お面を被って階下へ下りた。

 台所へ行くと、二人は不安げな顔で頑太を見やってから、頷いて席へ着くように促した。それから、いただきますの掛け声の後は無言で三人は夕食を食べた。頑太も、お面の下から夕食を差し込むように食べた。そして、ごちそうさまというと間髪を入れず自分の部屋に戻った。両親とも何かを言いたげなのはわかっていたが、それを振りきった。

 部屋に戻ると、ベストが事前に与えていた柿ピーのピーだけを選別して平らげて寝ていた。満足顔で眠っているベストを見ていると頑太の心は和んだ。

「ん? ああ、頑太、お帰り」

 寝ぼけ眼でベストがよろよろと起き上がって頑太を出迎えた。

「ただいま」

 頑太は、ベストが入った箱の横に体育座りをして、ベストの体を撫でた。

「頑太は、オイラに慣れたのかい? 飼育員の人ですらオイラたちにあまり良い印象を持ってない人もいたんだけど」

「正直最初は、なんだこれって思ったよ。でも、今の僕と似てるかもって思ったら大丈夫になったんだ」

 ベストは、少し笑って言った。

「頑太は正直だね。君とは仲良くなれそうだよ」

「うん、僕もそう思う」

「ところで頑太。外へは出ないのかい? できれば仲間探しをしたいんだけど」

 頑太は、少し考えて答えながらお面を手にとった。

「もう少し夜が遅くなったら行こう。それなら人も少ないし……」

「うん、わかったよ」

 二人は、夜が更けるのを待った。



 深夜になり、両親共に就寝したことを確認すると、頑太はお面を被り、手にベストを乗せて外へと繰り出した。最初頑太は眠かったが、初めて深夜に外に出る興奮から一気に目が覚めた。ベストも心なしかウキウキしているようだった。

 まずは、近所の公園を目指した。その行きすがら猫に話しかけようとしたベストが引っ掻かれそうになったり、おばさんに変な目で見られたりとひと波乱あったものの、無事公園に着いた。

 夜の公園には人影もなく、葉桜が電灯の光に照らされ風にそよいでいた。公園の中をぐるぐる歩きまわったが、仲間になってくれそうな動物はいなかった。

「うーん、いないもんだね」

「そうだね」

「この際贅沢はいってられないから、虫とかでもいいか……」

 無茶苦茶言い出したベストを頑太が窘める。

「虫ともお話できるの? 仲間になるってことはずっと一緒にいるんでしょ? あきらめないでもっと探したほうがいいんじゃないの?」

 手の平の上のベストは、ハッとした後頷いた。

「そ、そうだった。最初の志を忘れるところだったよ。ありがとう頑太」

 それから再び生物を探すも、成果は上がらず、頑太はベンチに腰掛け、その横にベストを置いた。

 頑太の足元に、緑色した芋虫が這っている姿を電灯の明かりが照らしだした。それを見た頑太は、ふと思ったことを口にした。

「なんで蝶は綺麗と言われるのに、その幼虫は気持ち悪がられるんだろ?」

 横でべったりベンチに張り付くように寝ていたベストが、半身を起こして答えた。

「見た目の良し悪しなんだろうね。蝶の幼虫ってウネウネしてるんだろ? じゃあ決まりだ」

「なんでウネウネしてると気持ち悪いんだろ?」

「わからないよ。そもそもオイラは目が見えないからその“ウネウネ”っていうのも、気持ち悪い時に使う言葉ってことしか分からないし」

「そっか。でも綺麗とか気持ち悪いって、人によって違うはずだよね。それなのに、何で僕はみんなから変な目で見られるんだろ?」

「確かにそうだけど、多くの人が似たような美的感覚を持っているのは確かだと思う。オイラ達も毎日そんな目で見られていたし。そうなってくると、残念ながらそれが普通になっちゃうんだ」

「そっか……」

 肩を落とした頑太に対し、ベストが勇気づけるように話を続けた。

「でも、オイラは嫌われても元気さ! そりゃへこむこともあるけどさ、悪口を言われたからって死ぬわけじゃない。大体、見た目だけで人を判断するような奴と付き合う必要はないって!」

「うん、わかったよベスト君。でも、怖いんだ……」

「何がだい?」

「友達が僕を見て気持ち悪いって言ったり、もう友達でいてくれなくなるんじゃないかと思うと、とっても怖いんだ」

 すると、ベストは立ち上がって胸を一つ叩いて言った。

「大丈夫、オイラがずっと友達さ。頑太を一人にはさせないよ!」

「ありがとう。でも、仲間を見つけたら行ってしまうんでしょ?」

「いや、よくよく考えたら、ネズミに断られた時点で仲間探しは不可能に近いし、何より人間が仲間になってくれるならそれが一番いい気がするんだ」

「ありがとう、ベスト君」

 頑太は、お面の下の涙を手で拭った。

 それから、夜の散歩が二人の日課になった。



   第四話 旅立ち

 

 ベストが来て二週間程度が経っていた。ベスト専用のケージ(昔、ハムスターを買っていた時のもの)も用意されていた。最初、「オイラたちは土中に住んでいるからどうかな?」と難色を示していたベストだったが、すっかり慣れて、今では回転車を全力疾走する毎日を送っていた。

「ふう、いい汗かいたぜ」

 回転車からおりたベスト君が、手で汗を拭うような仕草をした。

「人間みたいだね」

「いやいや、オイラはそこらの人間より寛容だぜ」

「確かに」

 二人で笑っていると、階下が俄に騒がしくなったことに気づいた。なんだろうと思っている間もなくノックが響いた。

 頑太はお面を被り、掛け布団でケージを覆った。

「頑太、ちょっと開けてくれる?」

 母の声だった。それに、他にも人の気配がした。

「何?」

「話があるの」

 頑太がドアを開けると、母の後ろに父と同じくらいの年の男性と、若い女性が立っていた。二人は同じ服を着ていて、胸に“下野動物園”と赤い刺繍がしてあった。頑太の顔から血の気が引いた。

「ごめんね頑太君。実は、近くに住む女性から、変わった動物を持って夜歩いている少年がいるって聞いてきたんだ」

「知らない、知らないよ!」

「頑太、嘘はダメよ。動物園の動物は動物園に返さなきゃダメ。わかるでしょ」

 そう言った母が、頑太の手を掴む。すると、母が職員二人に目配せし、二人はズンズンと頑太の部屋に入っていった。そして、一息に布団をめくった。

「うん、うちから逃げたデバネズミだ」

 男性職員が女性職員に話すと、呆然としているベストを手早く掴み出した。そこで初めて事の次第に気づいたベストが暴れ始めた。

「な、なんだよ! 帰りたくないよ! オイラを離せ!」

 そう言いながら暫く暴れていたベストだったが、急に大人しくなってポツリと言った。

「頑太、友達と一緒に会いに来てくれよ」

「ベスト君?」

「オイラ帰るよ」

「何でそんなこと言うんだよ、友達だろ?」

「友達だからさ」

 怪訝な顔で頑太とベストを見ていた職員だったが、気を取り直し、母に挨拶するとそそくさと帰っていった。

 再び頑太は、部屋に閉じこもった。


 次の日の朝、頑太は着替えて、ランドセルを背負って階下に下りていった。お面はしていない。台所にいた父母は驚いた顔をした。

「ど、どうした」

 コーヒーカップを取り落としそうになりながら父が言った。

「友達と約束したんだ。だから、僕は学校に行かないといけないんだ」

 母が、泣きながらうんうんと頷いていた。



 頑太が学校へ再び通いだしてから初めての休日、頑太は下野動物園にいた。

「おい、頑ちゃん。どいつがそいつなんだ?」

 ガキ大将風の少年が、後方に歩いていた頑太にぶっきらぼうに尋ねた。

「ん? あいつじゃね? 一匹だけ手を振ってるぜ! そうだよな頑ちゃん?」

 もう一人のイガ栗頭の少年が振り向きながら頑太に尋ねた。遅れてきた頑太が、誇らしげに言った。

「うん、あの一番元気なのが僕の親友」


 

                                 (終)

 



 


 


  

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