扉向こう、いらないまち

星 太一

昔話~hallelujah~

 * * *

 崩壊秒読みのこの世界で、僕らは何を思うだろう

 崩壊寸前のこの町で、僕らは何を歌うだろう

 青薔薇の枯れたこの世界には元から必要なものなど、どこにも無かったはずだった

 それなのに僕らはいつの間にかその存在に意義を見出していたのだから

 全く、悲しい世界だったよな


 歌うなら何を歌おうか

 血液よりも真っ赤な空の下、何ともなしに君に尋ねる

 ハレルヤにしようよ

 平気そうに笑う君の笑顔は矢張り引きつっていた


 死ぬって恐ろしいから

 その後何が起こるか全然分からないから

 やけに恐ろしい

 その先にあるのが闇だと分かっているなら僕らは恐れたりしない

 透明、深紅、碧空も然り

 何がこの先起こるのか分からないから僕らは震えるんだ


 ハレルヤってさ、終末のくせにあんなに荘厳でさ、なんていうか、ずるい


 耳にあの祝福が迫ってきた


 例えばここで僕らが声を張り上げたとして、パニックに陥っているここいらの大衆が一気に黙ったならば

 それはそれで歴史上最高の出来事に違いないだろうね


 僕が黙っている間、君はハレルヤをバックグラウンドにどんどん言う

 ……違うんだよ、再開の時なんだよ、ハレルヤは

 彼には届いていないみたいだが

 嗚呼、空が落ちてきた


 せめて、せめて人生の最後

 世界の終わりには

 君も何もかもが騒がしくいる中で僕だけ何故か冷静であって欲しい

 そして交差点の真ん中で

 まるで豪華客船が沈んだ時のように

 これから起こる壮大さに青ざめながら恐怖しながら

 何の慰めにもならないただただ荘厳でどぎついハレルヤを歌って

 死にたかった

 * * *


「何言ってるんだ、それはインデペンデンス・デイだろうが」

 そう言って少年はその詩集を閉じた。

 徐に次の本へとその手が伸びる。


「君の祖国の話を聞かせてくれないか」


 大正ロマンを彷彿とさせる洋風の建物の中。淡い光を放つランプの下、一人の少年が呟いた。

 ページをめくる音だけが薄暗い空間に寂しく響く。

 黒髪で直毛のグラデーションボブ、端整な顔立ち、学ラン、桜の模様が入った短冊のような硝子の耳飾り、黒耀石を思わせる美しい双眸、細く長い指……彼を構成するそういった要素の一つ一つのおかげで、彼は見た目は十二歳位の少年なのに雰囲気はどこか妙に大人っぽい。

「聞こえなかったか。祖国の話をしてくれと言っているんだ」

 少年がもう一度、今度は自分の背後に広がる闇に向かって言った。

 すると闇からぬるりと人影が出て来た。――しかしその頭は異様そのものだった。

 大昔に使われていたあのレトロなカメラなのである。

 レトロカメラは一言も喋らず紙に自分の言い分を書いた。

『私に口が無いと知っての頼みですか』

「耳も目もある癖に鼻と口が無いんだよな」

『それで? 何故私の祖国の話を聞きたがっているのですか』

 少年の皮肉をよそにレトロカメラは本題に入る。

「いや……何というか、興味かな」

『そんな理由なんだったら怒りますよ。仮にも貴方は「記憶の宝石館」の店主。それなら私の記憶の宝石を探って勝手に見れば良いでしょう』

「……」

『主人、私は忙しいのです』

「ねえ、祖国の話を聞かせてったら。『いらないまち』って本当にあるの?」

『嫌です。私は忙しいのです』

「はあん、そうなんだ。思い出したくないんでしょう。――」

 ドン!!

 少年の言葉が終わるのを待たず、レトロカメラは机を衝動的に叩いて、それを答えとした。

 紙に書かずとも何を言おうとしているかは知れていた。

 悔恨と憤怒である。

 しかし少年はそれを見ても謝りはしなかった。ただその黒耀石の瞳に薄い微笑を湛えながらレトロカメラを見ている。

『主人、私は貴方を助け、同時に助けられたのです。もう利害の一致は完成している。お互いがお互いの傷を剔り合う前にこの話をやめるべきなのです』

「もう剔り合ってる。ここら辺、僕、傷だらけ」

 悲しいとも歪んでいるとも取れそうな笑みを浮かべ、彼は学ランの第二ボタンの辺りをぐしゃりと握った。

「もう限界なんだ。これ以上隠し通す事は出来ないんだよ」


「新しい聖人が必要なんだ」

(つづく)

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