第81話 皇女シン・ラン・サウザン殿下
ルシャは俺を見ようともしない。
無視をしているわけではない。
見る必要がないのだ。
雲上人は先導する騎士の顔など覚える必要もない、そういう態度だ。
生まれた時から宮殿で育ってきた貴人のみが身につけている独特の気品。
ルシャはそういうものを身にまとい、猫足の椅子に悠然と腰かけていた。
***
ティアに案内されて、マトハット将軍が控えの間に入ってきた。
五人の将校も同行している。
ルシャは座ったまま身じろぎ一つしなかった。
豪華なドレスを身につけ背筋を伸ばして座るその姿は、ノーシアの王女と言われれば納得してしまう。
将軍はしばしその場に留まり、ルシャの顔をじっと見た。
ルシャは臆することもなく、猛将の視線を真っ向から受けた。
マトハット将軍はやがてまっすぐに彼女に向かい、頭を深く下げ、ひざまずいた。
右の拳を胸に当て、騎士の最敬礼の姿勢で口を開いた。
「シン・ラン殿下。ご無事で何よりにございます。
再び拝謁出来るとは、フェイ・マトハットこの上なき幸せ。
3年もの間、お迎えに上がることのできなかったこの年寄りをどうかお許しください」
言っている内容は「いかにも」だったが、将軍の声は冷静そのものだ。
3年間も行方不明だった皇女を迎えに来わりには感動も何もない。
ルシャは将軍をひざまずかせたまま、その姿をしばらく見ていた。
そして同行してきた将校たちの顔をひとりひとり見つめた後、言い放った。
「確かにそなたは年寄りになったようだ、フェイ」
将軍を年寄り扱いした上に呼び捨てにした。
若い将校たちの表情が険しくなる。
「私がシン・ラン・サウザンであることを確かめもせず、ひざまずくとはあまりに浅はかではないか。もし私が偽物であったなら、将軍、ひいては皇帝陛下が笑いものになる」
将軍がハッと顔を上げた。
「殿下!このフェイが殿下を
さっきまで冷静を装っていた将軍の声がわずかに上ずった。
「確かにそなたは幼少の頃より私を見知っていよう。だが私を見知らぬ者たちは、この小娘は敬意を払うに値する存在か迷うことだろう」
その声も表情も静かなものだった。
小憎らしいほどに。
俺の知らない女だ。
「なぜ光翼の授与を求めない。私の唯一無二の証明を」
「しかし殿下、このような場で」
マトハット将軍は、視線をこちらに投げた。ティアと俺に。
「おお……そうか失念していた。フェイ、そなたは高い所が苦手であったな」
女は口の端だけあげ、意地悪な笑みを見せた。
「殿下!お戯れを!」
帝国の将軍が顔を歪めた。
10代の子供が余裕をぶちかまし、大将軍をからかっている。
サウスとノーシアの将校たちの前で。
「後ろにいるのはフォンか?」
「殿下!この私を覚えおきくださいましたか!」
一人の将校が歓喜の表情を見せた。
「ではフォンが翼を受けるがいい。ここへ」
フォンと呼ばれた男がルシャに近寄り、ひざまずく。
女が右手の指を揃えて男の頭にかざした。
フワッと白い光が現れ男を包む。
それは徐々に男の背中に、白く光る二枚の翼のようにまとわりついた。
「おおおっっ!!」
将校たちの目の色が変わる。神を崇拝する目だ。
もう疑う者はいなかった。
皇女シン・ラン・サウザンの生存が公式に確認された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます