第75話 ルシャの正体

バンッ!

ドアが勢いよく開く音で、イチと私は跳ね起きた。


「こっちだよー。おじいちゃん!」

後ろを振り向きながら、元気にドアを開けたのはピットだった。


「イチおじさん、なんで上、脱いでるの?」

ピットが不思議そうに言った。


「筋トレだ」

イチはかなり渋い声で答えた。


「く、薬をぬってたのよ。背中に」

「ふーん」

私は慌ててブラウスを整えた。

「ど、どど、どうしたの?」


「ルシャ姉ちゃんにお客さんだよ!薬湯を買いたいんだって!」

「まぁ、本当?」


案内されて来たのは、ドンドコ秘薬店に来たことがあるおじいさんだった。

確か腰痛を抑えるための薬湯を飲んで行ったような。


「おじいさん!来てくれたんですか?ありがとうございます。

また腰の具合が悪いんですか?」


「あぁ、そうなんじゃ」

おじいさんは穏やかに微笑んだ。


「坊や案内ご苦労じゃったのぉ。ほら、これで飴でも買うがいい」

「ありがとう!」

お駄賃をもらったピットは喜んで走って行った。


胸のドキドキがまだおさまらない。

私はそっとイチの顔を盗み見た。

なぜかイチの表情が硬い。


「ワザワザ何しに来た?ティア」


ティア?えっ?


「まだ傷がやばいだろ」

「バレてた?」

おじいさんに、につかわしくないセリフ。


おじいさんの姿が青く光りだし、輪郭がぼやける。

次にハッキリ見えた時には、マインティア・ストラウト総司令官の姿に変わっていた。


「変身術!?」

「正確に言うと違う。幻術だ」


幻覚を見ていたの?


「おとなしく寝てろよ」


「そうもいかなくなった。

サウス帝国の外交筋から、非公式ながら要請があった。

光る翼の術を使う女性の行方についてだ」


ドクン。心臓が激しく胸を打つ。。


「ちょうどサウスの商団が王都に滞在していてね。

翼の女性の情報が帝都に早速いったらしい。


なんでもその女性が3年前に行方不明になっているサウス帝国皇女シン・ラン・サウザン殿下である可能性があるとか。


至急、その女性の消息について調査団を送らせてほしいとのことだったよ。

国境を越えて、調べさせろと言ってるわけだ」


「知らねぇって言っとけよ」


「そう言いたいところだけど、翼の女性の目撃情報は多くてね。

シラを切りとおせそうにない。殿下の行方は私も気になるところだ。

で、本人に聞きに来たというわけ」


ドクン、ドクン、ドクン。

心臓の音が大きくなる。


「我々は君に借りがある、ルシャさん。いや、シン・ラン殿下……かな?

だから君の意向を最初に聞こう。これから、どうしたい?」


マインティア様の金の髪がランプに照らされて輝いている。

冷たく青い瞳が私の答えを待っていた。


私はどうしたいのだろう?


イチはいつもの黒い瞳でタバコに火をつけ、黙りこくっていた。



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