第74話 優しい拷問

イチは焼印を見せつけるように私の頬を撫でた後、両手を後ろの戸棚についた。

彼の迫力のある太い両腕に私が囲まれる。

壁ドンいや戸棚ドン状態だ。


「白状しろ。記憶のある部分だけでいい」

そう言ってゆっくりと顔を近づけてくる。

思わずかがんで離れようとしたのに、あっという間に抱きとめられた。


「は、離して!!」

「嫌だねー。」

なぜか声が愉快そうなのが気になる。


彼は左腕だけで易々やすやすと私を抱きしめて、右手で私の頬を包んだ。

手袋を外したイチの手が直接私の肌に触れる。

大きな熱い手。

そっと私の顔を自分の真正面に向かせた。


そこに濃紫の瞳があった。


ドキリ、とした。

紫の瞳。やっぱり気のせいじゃない。

もう辺りは暗いのに、なぜか紫の色がハッキリと分かる。


なんて……きれいなんだろう。

私は瞬きすらできずにいた。


「ククッ」とイチが笑う声でハッとして我に返った。

「何ボーっとしてんだ?」

目を細め、面白そうに聞く。


まさか瞳に見とれてましたなんて言えない。


それにしても、この人こんな風に笑ったっけ?

言っていることは怖いのに、なぜか笑ってる。

それも優し気に。


イチのがっしりした腕とぶ厚い胸板に抱きとめられて、身動きが取れない。

裸の胸筋の感触が、生々しすぎる!


カァーっと顔が赤くなるのが自分でも分かった。

恥ずかしい!



「ハハッ!顔、真っ赤じゃねぇか!」

イチはますます調子に乗り出した。


「オマエにはの拷問の方が効きそうだな」

?」


彼は私の頬を包んでいる手の親指で、私の唇を撫で始めた。

濃紫の瞳で私を見つめながら。

そっと、ゆっくり、何度も。


唇を撫でられるだけなのに、体が軽く痺れるような気がした。

イチの唇が近づいてくる。


嘘でしょ!?


「ま!!!」

私はとっさに叫んだ。


「まーー?」

イチが不機嫌な声で聞きかえす。


「なんだよ、いいとこなのに」

「ま、ま、魔力が無くなったらどうするの!?キスして困るのはイチさんの方でしょ!」


「あー。忘れてた」

たいして焦る様子もなく言ってのける。

「忘れないでよ!!」


「まぁ……何もキスじゃなくてもいいさ」

パクッ!といきなりくわえられる。

「きゃっ!!」

イチが!私の耳たぶ!くわえてる!?

「何すんの!?」


「クククッ!!こんくらいで?」

私の過剰反応を見て、イチはちょっとバカにしたように苦笑する。


腹立つんですけど!


「キスしなくてもできるさ」

低い声で囁く。


「早く吐かないと、もっとすごいことになるぞぉー?」

イチは口の右端だけあげてニヤリと例の笑い方をした。


「えっ!?」

彼はヒョイと私を抱え上げた。

足をバタつかせる私の抵抗など、どこ吹く風。

私をラグの上に横にすると同時に覆いかぶさってきた。


「ちょっと!!待って!!」

手を突っ張って押しのけようとしたけど、完全に無駄だった。

「待たない」

ものすごく意地悪そうに笑う。


初めて出会った、あの時と同じような体勢になっている。

がっちり頭と腕を捕まえられて動けない。


でも違う。

何が?

強引なのに、苦しくない。

イチの体重が私にかからないように……気をつけて……くれている?


イチの顔がすぐ真上にある。

「ち、近すぎ!」

なんとか顔を背けたら、今度は首にキスされる。

「ひゃぁっ!」

ビックリして、思わず声が出た。


「ブハハハハッ!スゲー声。ちっとは色気を身につけろよ。萎えるだろが!」

大声で笑いだす。


メッチャ楽しそうなんですけど!?


「初めてじゃないって言ってたくせに。意外と男に免疫ないんだな?

彼氏いないのかよ」

なぜか嬉しそうに、私の目をのぞき込んだ。

紫の瞳で。


「こういう拷問なら楽しいもんだ」

またニヤリと笑う。


「からかわないで!!」

「なんだよ?本物の拷問がいいのかー?」

クスクス笑う。


イチが自分の額を私の額にくっつける。

顔が近すぎる!


「本当の名前くらい、教えろ」


濃紫の宝石が二つ、すぐ目の前にある。

こんなにきれいな紫の瞳を見たことがない。

私は目を離すことができず、イチの瞳を見つめてしまう。


「何、見てんだ?」

イチがさすがに不思議そうに首をかしげた。


またハッと我に返る。

い、いけない!この濃紫の瞳は魔性だわ。

何かの魔法かも!?

悪魔使いめ!!


コイツは無精ひげはやしまくり、寝癖つきまくり、エロ筋肉ダルマで品性の欠片もない魔法騎士の第五のイチよ!!


落ち着け私!


「記憶があいまいなの!本当なの!」


「まぁーだ、白状しないのか?強情だなぁ」



するとイチは小さな声で言った。

「言えないくらい……辛いのか?」


胸が苦しい。ギュウっとする。

拷問のはずなのに、なぜか優しい。

初対面の時と同じ格好なのに、なぜか怖くない。


どうして?


紫の瞳。

すぐ目の前で私を見つめている。

吸い込まれそう。



「早く白状しろよ。いや……早くなくても、いい、か……」

イチの右手がゆっくりと、ブラウスのボタンにかかった。

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