第70話 地獄の門

西方司令部は全壊だ。

瓦礫の山の中にルシャも“ふわり”と降りてきた。


翼のような光を身にまとったまま。

翼はルシャの背より少し大きく、ユラユラと揺れているように見える。

たまに小さな白い光が翼からフワフワと舞い落ちていく。

光る純白の羽毛が風に吹かれているかのようだ。



ジェラーニを喰らった悪魔の成れの果てがうごめいているのを指さした。

「イチさん!!あの黒い泥、動いてるっ!コワイ!」


「オマエの方がよっぽど怖いだろがっ!!!」

はぁーーー。ため息でる。

ともかく事後処理にかからねぇとな。


「こいつはジェラーニの悪魔の残りだ。地獄の悪魔はしぶとい。ちょっと後ろに離れてろ、片付ける。」

俺は刀を抜き、地面に突き立てた。


―――絶望の番人よ聞け。我が命ずる。開け!地獄門



***


バリッバリバリッーーーーー!!


イチの目の前の地面が轟音とともに引き裂かれるように割れた。

「何!?これ!?」


ゴオオォォォーーーーーー!!

激烈な風と共に黒い悪魔を吸い込んでいく。

黒い泥がズルズルと引き込まれていく。

なんて力。



この空気は何?

体中が針で刺されるように痛い。

反射的に両腕で上半身を抱えた。


この裂け目は地獄につながっているの?


黒い泥は跡形もなく全て割れ目に吸い込まれた。

イチが地面に突き刺した刀を抜くと、割れた地面は何事もなかったように元に戻っていった。


これが悪魔使いの力?




***



振り返るとルシャは寒そうに腕を抱え込んでいた。

地面を見つめたまま動かない。

ユラユラと翼が揺れている。


「寒いのか?」

「え!?」

驚いた顔で俺を見た。

「寒くないわよ!ビックリしたの!」

「ふーん。」

「『ふーん』って!!地面が割れたら普通は驚くでしょ!」


驚いたのは俺のほうだ。

「オマエさぁ。何で羽が生えてんだ?」

俺はなぜか呆れたような気持ちで聞いた。


「あっ、しまうの忘れてたわ。久しぶりで。」


“ふぅっ”と翼の形の光が消えた。

忘れてたって……オイオイ。


「終わったみたいだし、私帰るね!!

ティア様の応急処置はしたわ。


早く帰らないとシスターたちに怒られちゃう!

悪魔をやっつけてくれてありがとう!!」


そう言って手を振り、ルシャは走って行った。


「何で飛んで帰らないんだ?」

俺はあっけにとられ、追いかける気にもなれず、女の背中を見送っていた。


あっ、やべ。ティアを回収しないとな。

しかし何者なんだよ、アイツは?



***



ティアと俺のガチ呪文にビビッて、遠巻きに見ていた情けない騎士どもがようやく動き出し、西方司令部の緊急事態の収束をはかった。


重傷のティアを王立医療院に移動門ゲートで運んだものの、本人は応急処置だけで「すぐ退院する」と言って聞かない。

ボンバル院長がぶつくさ言いながらも、優秀な治癒術師を三人つけてくれることになった。結局は24時間体制で中央司令本部の中でティアの治療をすることになる。


おとなしく入院してればいいのに、ティアは自分で指示を出さないと気が済まないタイプだ。有給たまってんのに使えよ。



***



ティアは総司令官室のソファに身を預けながら、次々と上がってくる報告に指示を飛ばす。治癒術を受けながら。


俺は戸棚を勝手に物色してワインを飲んでいた。

「イチ、私の執務を手伝う気は毛頭ないらしいな。」

いちおうは憎々し気に俺を見るが、そこは諦めているのだろう。

声はいつものままだ。


「で?ラウドネ公爵はどこ行きやがった?」

「自害しているのが見つかったよ。」


「本当に自殺か?」

「側近も自害していた。証拠を残さず殺した奴がいる。あの老獪な男が自害などしない。知らぬ存ぜぬでジェラーニの単独犯に仕立て上げることはできたはずだ。」


「ジェラーニの妻子はどうする?息子は殺すか?」

「皆殺しの粛正では親族の貴族の反感を買う。

ジェラーニの息子は王位継承権が第二位の男子王族だ。

おいそれとは殺せない。閑職につけて様子を見よう。」


「めんどくさ!」

「仕方ないさ。国王陛下の温情アピールはジェラーニ派を懐柔するのにも有効だろう。

幼い王太子の今後の人気も高くなる。ジェラーニとラウドネ公爵を排除できただけでも、まあ今回はよしとしよう。


結局は幼い王太子の反対勢力の押さえ込みには成功した。

終わり良ければ総て良し!」


「オマエ死にかけじゃん。」

「死にかけてない。大した怪我ではない。今、生きているので問題はない。」

「ティア……どんだけ負けず嫌いなんだよ。」




「悪魔を降ろした魔法道具ってやつの出所が気になるなー。」

「調査は続けさせている。」



俺はワインの瓶をグイッと持ち上げて最後まで飲み干した。

「俺、ウエスタ戦線に戻るわー。」

「待てよイチ。君は戻らなくていい。ジョイセントに任せろ。」

「何で?」


ティアが目だけ俺に向ける。

「彼女のことの方が気になる。普通を装っていたけど、ついに本性を現した。助けてくれたことには感謝しているけど。あの娘、何者?」

「知らん。」

「聞いてきてよ。」


「俺が?女の尋問はオマエが得意だろ?」

「私は療養中だ。翼の生えたコピーマスターなんて聞いたことがない。

敵には回したくない力だ。うまいこと仲良くしていてくれ。」


「はぁー。まだ働かせる気かよ。人使い荒すぎ。」


「目を離すなよ。」

「へいへい。」


「今、彼女はどこにいるんだ?」

「教会に帰るってさ。見張りは付けてる。」


「君が直接見張ってくれたまえ。」

「心配性だなー。」

「見張りなんて、その気になればすぐ殺せるだろ?彼女なら。」

ティアが真面目な顔で言った。


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