第38話 オジサンと結婚のススメ

正直に告白するとね、とマインティア様は話し始めた。


「イチの魔力が完全復活したと分かった日、私は君を殺すようイチに忠告したんだ。


イチほどの騎士の魔力を奪う危険因子は、早急に排除した方が国のためだからね。

でも彼はこう言ったんだ。


『何も悪いことをしていない市民を殺すのか?責任は自分がとるから様子を見させて欲しい』ってね。


まったく甘ちゃんだよね、じゃなかった、優しいでしょ、彼。」


口調が春の日差しのように穏やかなだけに、恐ろしさが増す。

この方の本性は見た目とはまったく違うようだ。

底知れぬ残酷さを感じる。


私は目をつけられてしまったのかな。



「イチはかなり君のことが気になっているみたいだ。」

「どうしてそんなお話を私に?」


「君は賢そうだから。モヤモヤするより腹を割って話さない?

何が目的でここにいるの?」


「私は教会でただ平和に暮らしたいだけです。」


「ふーん。平和に暮らしたいのに、よく戦場に出たね。

ずいぶんと変わった能力も持ってるし。」


「教会のために、お金が必要で……。能力なんて……私には分かりません。あんなこと初めてでした。」


「教会の女の子がお金のために戦場に出るかな?

いくら度胸があってもねぇ。

普通は断るよ。

平和に暮らしたいなんて言われても、説得力ないなぁ。」

優雅にドーナツをかじって、また池を眺める。



「君を殺したりはしないよ。イチに怒られてしまうからね。君の目的のことはまぁいいよ。もう追究しない。」

ドーナツの紙袋を閉じながら言う。


「追究しない代わりにさ、彼と仲良くしてあげてほしいんだ。」

「仲良く?」

「そう仲良くね。」


突然どういう意味だろう?


「悪魔使いはね、常に悪魔と闘ってるから大変なんだ。」

「悪魔と……闘っているのですか?」


「そう。24時間、365日、一生ね。

気を抜くと悪魔に喰われる。常に自分を制していないといけない。

イチってさ、ああ見えて結構大変な毎日を送ってるわけ。


人に優しくする余裕なんて無くて当たり前なんだけど。」

そう言いながら、チラリと私に視線を投げる。


「あのイチが、君にはずいぶんと優しくして、心を許してる。

だから君ならひょっとして、イチを癒してあげることができるんじゃないかと思って。」


「癒す?」

「そう、彼を助けてあげてほしい。」

「私が?イチさんを?助ける?」


「悪魔使いが『人間』でいるためにはね、愛しい女が必要なんだ。

彼の父親のハイド様から頼まれていてね。『イチに愛しい女を見つけてやってくれ』ってさ。」


「どうして私なのですか?」

「イチと会話できる女性は、なかなかいないからね。

それにイチが名前を覚える女性も滅多にいない。でも君の名前は覚えてた。」


そんな程度の理由なの!?


「できればさ、イチとさ、結婚してあげてくれないかな?」



「エエええっーーーーーっ!?あの!?え!?」

話が飛びすぎる!さっきは私を殺すとか言ってなかった?


「あぁ、ごめんね。いきなり結婚は無理があるかな?初めはさ、お付き合いとかどう?」


「お断りします。」


「うーん。即答かぁ。まぁ、年の差はあるけど、彼はけっこう高給取りだよ。教会の経済状況も良くなる。」


「イチさんは借金5億ギルあるそうです。ジョイセントさんが言ってました。

秘薬店のツケも払えない方ですよ。そんな方と結婚なんてありえません。

年の差以前の問題です。

そもそも人のお金に頼ろうと思っていません。」


「立派な心がけだねー。ますます気に入ったな。」

急にニコニコし始めて、私の膝の上にドーナツの残りが入った袋を置いた。


なんなの?この人?

やっぱり、イチの周りにいる人なだけあって常識外で生きてる。

見た目に騙されてはいけないわ。


とりあえず、殺されないで済むみたい……だけど。

変な人に関わってしまった。


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