第32話 イチの平和、ルシャの違和感

イチとまともな話をするのは、これが初めてかもしれない。


「 腹が減るのは、辛いもんだ。軍に入ればたらふく食えるからな。

それだけでも十分幸せだってヤツは多い。

生きて帰ると給金も入るしな。 食えてないヤツにとってはいい仕事さ。


それにな、もし死んでも騎士の家族には恩給がでる。

家族が飢えることはない。

金のために子供を第五に入れたい親もいるくらいさ。

ここはそういう所だ。 血筋も家柄も関係なく騎士になれる唯一の軍だ。」


「イチさんの魔法を見たわ。あんなすごい魔法を使えるなら、国境の小競り合いなんて、あっという間に終わらせることもできるんじゃないのかな?」


「デカイ魔法を使う貴族が総出撃すれば簡単にカタはつく。

だが敵も本気にならざるを得なくなる。

相手をビビらせ過ぎると、大きな報復がくる可能性が高い。


全面戦争さ。


そうなるとこっちも消耗が激しい。相手が弱いヤツでも、脅しをかけすぎるのは賢い戦術じゃない。


皆殺しにされると怯え続けるくらいなら、敵を道連れにしようとヤケになったりするしな。


追い込まれた弱いヤツほど油断ならない。

適当に小競り合いをしてるくらいが、一番平和なのさ。」


「犠牲が続くのに?」


「平和のためのいしずえってヤツだ。」


末端の兵士が国境で散っていくのが、本当に平和のいしずえなのだろうか?


国内の貧困が自国の兵士を死に導ている。

戦争を生み出しているのは国内の貧困なのかもしれない。


国外からの侵攻も大きな原因の一つだけど。

その侵攻の原因も結局は貧困ではないのかしら。


国境では毎日兵士が死んでいるのに、王都では不思議と平和な毎日が続いている。


本当にこれは平和なのだろうか?

みんな気がついていないだけなのかもしれない。


明日はわが身だと。


どうして感じないのだろう?

目の前で見るまで、実感できない。

私も同じだ。

戦場のことなんて知らなかったし、考えもしなかった。

今もどこかの戦場で誰かが殺されている。


「しゃべりすぎた。もう寝ろ。一人じゃ寝れないのかぁ?」とイチがニヤリと笑う。

右の口の端だけあげる例の笑い方。

私は急いで窓を閉めてベッドにもぐりこんだ。



***



私が帰る間際に、ウエスタ方面から騎士たちが帰ってきた。包帯を巻いている隊員さんも目についた。



「どうして軽症者は移動門ゲートで帰れないんですか?」ジョイさんに聞いてみた。


移動門ゲートを作るのって結構大変なんでね。重傷者の数にもよるけど、けが人全員を移動門ゲートでは連れて帰れないんだよ。

それに病気を発症するかも知れないから、ワザと時間をかけて帰らされるんだ。」


ひどい扱い。


「重傷者だけでも移動門ゲートで基地に帰れるように、イチ大佐が総司令官と交渉してくれたんですよ。そのおかげで死者は減りました。

だいぶんホワイトな職場になったもんですよ。」


「 死者」その言葉が当たり前に使われていることに、私は違和感を覚えた。


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