第28話 唇と嫌悪感

「踊るなんてイヤです!」

大きな声できっぱり言ってやった。


「無理やり従軍させられて、迷惑していたんです。

こんな人たちのために脱ぐなんて、まっぴらごめんです!」


「ヌゥハッハッハー!女にも見捨てられたか!?情けない奴等だ!」


敵将が近づいて来て、私を舐めるように見た。

上から下へ、下から上へ、値踏みする。


「おもしろい女だ。」


嫌悪感しかない。

アゴをグイッとあげられる。

敵将が腰の短剣を抜いた。


ああ殺される。


シュッと音がして、三つ編みにしていた髪先を払われた。

はらはらと髪が乱れ、顔にかかる。


「ふーむ。」

またシュッと音がして、眼鏡が飛んでいく。

カツーンと乾いた音がして、遠くで何かにぶつかる音がした。



「ふーむ。」

またアゴをグイッとあげられた。

「意外と高く売れるかもなぁ。あと2、3年も可愛がってやればだが。」


そう言いながら顔を近づけてきた。

怖い。

気持ち悪い。


でも一つの考えが浮かんだ。

将軍の魔力を奪えれば、第五が勝てるかもしれない。

でもどうやって奪うのかわからない。

キス実験で魔力を戻せても奪うことはなかった。


眼を閉じる。


なんとも言えない嫌な感覚が唇の上に乗り、絶妙に気持ち悪いものが唇をこじ開けてきた。


怖い。

気持ち悪い。

気持ち悪い。


唇からねっとりと耳たぶにかけて蛇がはっていくようだ。

自分が汚れていく感覚。

別に構わない。もう。


「ズルイですよ将軍。」

そんな声が聞こえる。

ゲヘヘと敵兵がニヤつく。



「女、お前がこいつらを殺したら、オマエだけは助けてやろう。」

薄汚い笑い方。

短剣で私の縄を切り、ドンっとつき飛ばした。


「ホラっ。」敵将は楽しそうに短剣を投げてよこした。


この男を刺してやりたいと思った。

人を剣で刺してやりたい、なんて思ったのは初めてだった。


私は今までのんきな所で暮らしていたのだ。

戦場で死んでいく兵士のことも知らずに。

殺し合いをする彼らを見ずに。


私の代わりに殺し合いをしている人達。

イチもジョイさんも、私が殺さない代わりに、敵兵を殺している。


私が自分で殺すべき?

誰も殺さないで済む、そんな世界にならないの?

そんなの甘い?


「どうした女、怖いのか?」

敵将が私の思考に割り込んできた。



落ち着け。

これはチャンスだ。


イチに触れて魔力を返せれば。

みんな助かる。


震える手で地面に落ちた短剣を拾い上げ、後ろを見た。

みんな敵将にひざまずくように座らされている。


イチは酷く殴られたせいで、顔や肩が赤黒く腫れ上がって倒れている。

服は全身血まみれだ。


他の隊員にむかうフリをする。


あともう少し。

怪しまれないように、近づく。

あと、もう少し。

キスさえできれば。

イチの魔力さえ戻れば、みんな助かる!


「後ろだ!ルシャ!!」イチが叫んだ。


とっさに振り返ろうとした時、ヒュンと何かが腕をかすった。

熱っ、と感じた次の瞬間、左腕に激痛が走った。


血が指先までしたたり、地面にポタポタ落ちる。

その場にガクッと膝をついてしまった。


敵将が弓を持っていた。

「惜しい惜しい。上官を裏切る女は怖くてなぁ、可愛がる勇気がない。」

ニタニタと残酷な笑みを浮かべている。


殺される。

走ってイチのもとに行きたいのに足が恐怖と痛みでもつれる。


男が呪文の詠唱を始めた。手で印を結んでいる。

だがすぐに困惑の表情を浮かべ、顔をゆがめた。


「どういうことだ!魔力がっ!?何をした小娘!」


魔力を奪えた!?どうやったの私?

今はそんなことどうでもいい。

走らなきゃ、イチのもとへ!


「矢だ。女を殺せ!!」

怒鳴りちらす声が聞こえる。


走らないと、痛い、怖い。

「イチ!!」


イチが私を見ている。

血まみれの体を起こして、顔を上げる。


イチにたどり着いて、唇をぶつけたような気がした。


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