百合の花は星空の下で輝く

第1話


―――


「おはようございます。」

「おはよう。あら、白本さん。顔色悪いわね。」

「えぇ。風邪気味なんです。朝からのどが痛くて……」

「大丈夫?薬持ってるからあげようか?」

「えっ!いいんですか?昨日で無くなったんで、買わなきゃと思ってたんですよ。」

「いいわよ、いっぱい持ってるから。はい、どうぞ。」

「ありがとうございます!何か紫織さんってお姉さんみたい。」

「私も何だか妹ができた気分よ。こんな可愛い妹と町を歩いたら皆白本さんに釘付けね。」

「またまたぁ~紫織さんこそセクシーですよ……あ、赤江さん……」

 朝から同僚の紫織さんとじゃれ合っていたら、部屋の入口に人影を見つけて私は固まった。

「赤江さん、おはよう。」

「……あぁ。」

 紫織さんがいつも通りに挨拶をする。それに短く返事をすると、赤江さんは私の事なんて見えていないんじゃないかと思うくらいに自然な動作で自分の席に座った。

「……やっぱり赤江さんって、私の事嫌いなんですね。」

「そんな事はないと思うけど。」

 爪を弄りながら言う紫織さんだけど、きっと彼女も少なからずそう思ってるはずだ。

 赤江さんの私に対する態度だけが、彼女達とは違うという事に……


 実は赤江さんは女性恐怖症だ。女性を見ると拒否反応を起こすらしい。でも対策係のメンバーの紫織さんやもう一人の女性メンバーである青依さんの事は仕事仲間だと思っているし、私よりも長い付き合いみたいだから何も問題はない。問題なのは私だ。


 私がこの警視庁捜査一課特別犯罪対策係に配属されたのが約半年前。赤江さん以外のメンバーからは徐々に受け入れて頂いてこうして馴染んでいる。だけど赤江さんだけは一向に私を受け入れてくれないのだ。

 コンビを組んで一緒に事情聴取には行ってくれるし、仕事の話だったら話してくれるのだが、それ以外では目も合わせてくれないし、話しかけてもくれない。


 最初は女の人が苦手だと聞いていたから、ちょっと距離を置かれているのかな、と思ってたけど半年経った今でも態度は変わらない。こっちから話しかけてみようとチャレンジしたけど、全然ダメだった。


 そしてこれが一番の悩みなのだが、そんな風に赤江さんを見ていて彼が本当は繊細で真面目な人なんだというのがわかるにつれて、彼に惹かれていってる自分に気付いたのだ。

 私に対しての優しさは皆無でもいつの間にか好きになってた。彼の横顔を一番近くで見ていられるならそれでいいと思ってた。だけどやっぱりそれだけじゃ心は満足しなかった。少しでいいから私見て欲しい。そんな風に思うようになったのだ。

 だけど多分、私は彼に嫌われてる。


 そう、私は絶対に叶わない恋をしたのだ。


 鋭い棘で威嚇し、決して隙を見せない真っ赤な薔薇に……




「赤江さん!赤江さんってば!」

「……何だ。」

 前を歩く赤江さんがあまりにも早くて、私は思わず声をかけた。立ち止まって面倒くさそうに振り向く彼。その不機嫌な顔に怯みそうになったけど覚悟を決めた。


「赤江さんは……私の事、嫌いですか?」

「……は?」

「私が女だからですか?」

 そう言った途端、眉間にしわができる。

『また嫌われた』そう思ったけれど、どうせ嫌われてるんだと腹をくくった。


「はっきり言ってください。私の事、嫌いなんでしょう?」

「……嫌いではない。ただ……」

「女が苦手なだけだ。……そんなのわかってますよ。」

 思わず拗ねたような口調になってしまい、私は慌てた。

「あ、あの……」

「……百合の華」

「え?」

「あ、いや……何でもない。」

「?」

「とにかくだ。俺は別に白本の事が嫌いな訳ではない。」

「本当ですか?」

「……あぁ。」

 一瞬間があいたけれど、赤江さんは微かに頷いた。そして背を向けると言った。

「ほら、早く行くぞ。白本。」

「はい!」

 もう歩き出した背中に向かって、明るい声で返事をする。我ながらゲンキンだなぁと、口許が緩むのを感じた。こんなに会話が続いたのは初めてではないだろうか。

 それにほんの少しだったけれど目が合ったし、私の事を『嫌いではない』とはっきり言ってくれた。

 『好き』の部類ではないだろうけど『嫌いではない』という彼の言葉にちょっと救われた気がした。



―――


「百合の華……かぁ~」

「何の事?」

「わぁっ!…あ、青依さん。ビックリしたぁ~……」

 自分の机の上に頬杖をついて一人言を言っていたら、背後から声が聞こえてビックリして振り向く。そしたら紫織さんと同じ同僚の青依さんが悪戯げな顔で立っていた。


「ねぇねぇ、白本ちゃん。百合の華って何の事?」

「え?私そんな事言いました?」

「言ったよ~」

 知らないフリをして誤魔化そうとしたけど、青依さんには通じなかった。私は深いため息を一つついた。


「赤江さんがですね、百合の華って呟いたんです。」

「へぇ~、あの人の口から花の名前が飛び出すとはね。珍しい事もあるもんだ。」

「私もそう思って聞き返したんですけど、何でもないって誤魔化されました。」

「ふぅ~ん。紫織さぁ~ん!どう思う?今の話。」

「そういえば……」

「え!なになに~?」

「前にも赤江さん、百合の華って呟いた事あった。」

「え……?」

 何の気なしに二人の会話を聞いていたら紫織さんが思いがけない事を言った。


「何それ~!赤江さん、百合好きなのかな?」

「さぁ?」

「あ!百合って言えばさ、白本ちゃんって百合子って名前だよね?」

「え、えぇ……」

 こっちに振り向いたと思ったら、やけにキラキラした目で私を見る青依さん。私は戸惑いつつ頷いた。

「ね、紫織さん?その時って、どんな状況だった?」

「えーと……確か白本さんが初めてここに来た時だったわ。」


 紫織さんの返事に勢いよく顔を上げる。そしてあの日の事を思い出した。



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