第15話

私たちは校門を出てすぐ横の神社にいた。

どこか人気のない、ゆっくりした場所で話がしたかった。

「はい」

缶コーヒーを渡してくれる。

「ありがとう。」ミルクたっぷりの甘いカフェオレ。

「やっぱり…見えたの?」前田くんがおそるおそる口を開く。

私は静かに頷く。

「そっか…」

そう言ったきり、深く尋ねようとしない。私は、その思案する端正な横顔を見つめた。

「あれって…未来なのかな?前田くんは見たことがないんだよね?」

「え?」何か考え事をしていたらしい前田くんは驚いてこちらを見る。

「あの…前田くんは見えたことがないんでしょう?」

「ああ。うーん…というか、僕、自分の未来に興味なくて。」

「そう…なんだ…」

「いや、僕も半信半疑だったから、試したことなくて。」

「そう。」

手にした缶コーヒーは、冷たく、水滴が手に沢山つく。私はそれを振り払いながら、静かに啜った。私はブラックなんか飲まない、高校生。

ナツの家で飲んだ温かいコーヒーの味を思い出す。季節は冬だった。凍えるような東京の空気も、行き交う人の多さも、全部、覚えている。

というよりも、ついさっきのとして残っている。

「それで…」顔を上げると気づかわし気に、けれど興味を持っている目とかち合う。

「二人は…どうだったの?」

聞かれると分かっていたけれど、私はわずかに身構えた。

まだ、整理のつかない頭の中を、けれど、決して興味本位だけではなさそうな前田くんの雰囲気を信じて、私は少しずつ見てきたことを言葉にして説明した。

鳥居の先に、通学路があって、時折、高校の生徒が通るけれど、誰もこんな人気のない神社に興味はなくて、こちらを見る生徒は誰もいなかった。

手水鉢のところにスズメがとまって、飛び立つ他は、誰もいない。

「そっか…」話を聞いて、静かに呟く。遠くでチャイムの音が聴こえる。

そろそろ部活が終わる時間だろうか。

「いや…驚いたよ…」そう言って前田くんは額に手をあてる。

「信じてるの…?」

「いやあ、信じるも何も僕が言い出したことなんだから。」

「そっか…。」俯いて足元を見つめる。

「でも、まさか本当にそんなことがあるとは思ってなかったよ。おじい様の言ってたことが…」

「おじいさんは何て?」

「ああ…僕のおじいさんはね、僕が小学校1年生の時に亡くなったんだけど…。」


前田くんのおじいさんは、お母さん側のおじいさんで、ずっと前田くんと一緒に住んでいたそうだ。娘であるお母さんとはずっと折り合いが悪かった。亡くなる時に図書館を、この高校に寄付したいと言い出した時も、かなり揉めたようだった。前田くんは小さくて、あまり覚えていないけれど、言い合いがしょっちゅう起きていた。それでも、おじいさんは前田くんには優しくて、亡くなる前に「秘密だよ」と本のことを教えてくれたらしい。


「ずっと、その本を見て見たかったんだ。でも、高校生じゃないと中に入れないからね。僕はこの高校に来ることに決めたんだ。」

「どうして、もっと早く試そうと思わなかったの?」

「それは…」前田くんが言いかけた時、鳥居の向こうから名前を呼ばれた。

「ハルー!!!」

それは、カズだった。

カズとマーくんとナツちゃんが並んでこちらを見ている。

「何してんのー?こんなところで!」ナツが大声を張り上げる。

少し薄暗くなって、目をほそめている様子がうかがえる。

「ナツちゃん!」声をあげて応える。

やっぱりハルだ、とナツたちが砂利を踏んで近づいてくる。

みんな、素通りしていく中でよく気が付いたな…そう思っていると、カズが「なんか、神社のほう見たら人影が見えたから…」と言い訳のように言う。そのタイミングの良さと、ああ、この人も私のシルエットで見分けがつくんだろうか、と思うとなんだか胸が締め付けられる想いがした。

「何してんの?」とナツが前田くんを咎めるように横目で見ながら言う。

「ううん、ちょっと話してただけ。」私は慌てて間に入る。

「ちょっとって…あんた、さっき体育館の前通ったとき、私のこと無視したでしょ。」そうだった。

「あ、いや、あれは…」

「あんたねえ、うちのハルにちょっかい出さないでくれる?」前田くんを指さして大きな声を出すナツに、マーくんが慌てて、なだめにかかる。

「ちょっかいだなんて…」

「僕は、じゃあ、これで帰るよ。じゃあね、大島さん。」

前田くんが、その場を離れようとする。

「おい」

その肩をカズが掴む。

「俺たち、冗談で言ってんじゃねえんだよ。」

カズは明らかに怒っている様子だった。あまり声を荒げないカズだけれど、雰囲気で伝わってくる。

前田くんが掴まれた肩をちらりと見る。

「僕も冗談で言ってないよ。」

「ちょっと…カズ…」その腕に手をかける。

「ハルに付きまとってんなら、やめてくれよ。」

「つきまとってる…うん…」前田くんが考えこむような、表情を作る。

「でも、別に君には迷惑なんてかけてないよね?」

「ちょっと…ほんとにもう、やめて。今日はほんとに話してただけだから!大した話なんてしてない!」私は思わず大きな声を出す。

みんなが私の方を向く。

「大丈夫。ほんとに。ね。じゃ。前田くん、またね。」そう言って、なかば無理やり、カズの手を前田くんの肩から離す。前田くんを押し出すように見送る。

カズもナツも不満そうにしいていたが、私は、本当に何もないから、と押し通した。

言えるわけがない。

未来を見てきたなんて。

カズと付き合ったけど、別れた後の未来なんて。

ナツはマーくんじゃない別の人と結婚してたなんて。

言えるわけがない。

私たちは、もうすっかり暗くなった坂道を、黙って歩いて帰った。

マーくんだけが気を遣って、話しかけてくれたけれど、重い空気のまま、私たちは坂を上っていった。

坂道がいつもより長く感じられた。

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