第6話

4月。私たちは高校に入学した。同じ団地には、あとナツとジュンくんという幼馴染がいる。市内にある公立高校は一つだけで、ナツのお兄ちゃんであるショウくんも、ジュンくんのお姉ちゃんであるマイちゃんも、マーくんも同じ高校に通っている。ここまではよほど、何か秀でたことや特別な目的がない限り、みんな同じ高校に通う、と私は思っている。他の選択肢があるなんて考えたことがない。私たちは小・中・高とほぼ変わらない面々で過ごす。

だから、私は漫然とみんなずっと一緒だと思って過ごしてきた。お兄ちゃんとアオイちゃんが東京へ旅立っていくのを目の当たりにして、私はずっと一緒じゃないことを痛感した。朝、お兄ちゃんがいない事にも、まだ慣れなかった。


「ねえねえ、大島さん。大島さんってさ、もしかして、大島先輩の妹?」

入学して三日目。ナツと帰ろうと思って、下駄箱のところで一人立っていると、上級生らしき3人の男子生徒に囲まれた。

「はあ…」

中学でもそうだったが、お兄ちゃんは校内で有名人で、入れ違いに入ってくる私はなにかと知らない上級生に話しかけられる。

「あ、大島さんじゃん。」後ろを通りかかったまた別の上級生に話しかけられる。

「俺、中学同じなんだけど。覚えてない?」

「はあ…」

中学時代もそうだったものの、高校生はなんていうか、それ以上に気軽に話しかけすぎる気がする。慣れ慣れしすぎる。中学生と高校生で何かが違う。男女の垣根が低すぎるというか。「覚えてない?」覚えてない。内心悪態をつく私。

こういう風に話しかけられるのはもう何度目か分からない。知らない人間から話しかけられるのはあまり居心地がいいものではない。

「ハル。帰るぞ。」

上級生たちの向こうから声をかけてきたのは、カズだった。

「あ、カズ。待って、ナツちゃんがまだなの。」

「何やってんの。あいつ。」

上級生たちが振り返って、カズをじろじろ見ている。

「ねね。もしかして、アオイさんの弟?」中の一人がカズに声をかける。馴れ馴れしい呼び方に怪訝そうな顔をするカズ。

「そうっすけど…何すか?姉に用ですか?」

「いやー別にー。」ニヤニヤ笑っていて感じが悪い三人組。

「ハルーお待たせー。」後ろから、ナツちゃんが弾んでやってくる。横にマーくんもいる。

「おう。お前ら知り合い?」マーくんが上級生たちに声をかける。

「全然。」と答えたのはカズ。一瞬空気がぴりっとしたのが分かる。

「マーくんのお友達?」ナツが聞く。

「ほら、こいつは同じ中学だったじゃん。バスケ部でさ。」

首をひねる私とカズ。ナツが「あー見たことありますあります!」と声をあげにっこり笑うと、少し場が和んだ。「君、あれだよね?櫻木先輩の妹さんでしょ?」バスケ部だったという人がナツに顔を向けて話す。

「そうです。そうです。お兄ちゃんがいつもお世話になっています。」と頭を下げる。ナツは誰にでも愛想がよく、社交的である。

「いやいや。こちらこそ生徒会長にはお世話になってます。」と相好を崩す上級生たち。

「行こうぜ。」カズが言って下駄箱から離れようとする。

「待って待って、私たちまだ履き替えてないからー。」ナツが声をあげて、「じゃ、失礼しまーす」と上級生たちに頭を下げる。その横で私も頭だけ下げる。「じゃあねー」とニコニコ笑って手を振るマーくん。マーくんの同級生のようだ。

私たちが歩いて行った先で、後ろから「生意気じゃね?」とぼそっと聴こえた。その不穏な空気に私はぎくりとして後ろを振り返る。私と目が合うと、彼らは笑顔で手を振っていた。私はもう一度頭を下げた。


「お前さ、スカート短すぎなんじゃないの?」

突然スカートを引っ張られる。

「ちょっと、やめてよ。」

カズの手をはじく私。

高校から緑ヶ丘団地までは自転車で20分ぐらい。今朝は雨が降っていたので、みんなでバスに乗ってきた。

バス停までみんなで並んで歩く。

「だって、スカート。短すぎ。お前の貧相な足が丸見え。」

私は、昔からやせていて、女子からは「細くて羨ましい」と言われるが、確かに「貧相な足」なのだ。

「し、失礼な!ていうか、お母さんがすそ直しを間違えちゃって…今週末直してもらう予定なの。」

「あ、そう。人任せにしてるお前が悪いんだろ。じゃあ、いいけど。」カズがぷいと横を向く。何か怒っているように見える。

「カズは心配なんだよ。な?」横からマーくんがカズの肩に手を回しながら言う。

「ねね。私のスカートはどうかな?」横から、ナツが主にマーくんに向けて聞く。

「ああ、うん。いいんじゃない?」ちらりとも見ずに答えるカズにすかさずナツの蹴りが入る。カズが「く」の字に体を曲げる。ナツは小学生の頃から、空手をたしなんでいるので、型が綺麗だ。けれど、その空手は、本来相手に当てないはずである。

「ねえ、カズは高校でも部活続けるの?」私が聞く。カズは小学生から野球をしている。小学生時代はリトルリーグ。中学では部活動で続けていた。

「ん?ああ。」体を起こしながら答える。

「ねえねえ、ハルは?どうするの?私と一緒にバスケ部のマネージャーしない?」

「えーマネージャー?」

「えーほんとにやる気なのかよー。」マーくんはバスケ部だ。中学時代からずっとバスケを続けている。

「いいじゃん。悪い?」ナツが唇を尖らせている。

「えー恥ずかしいじゃん。なんか身内がいるみたいで。」

「身内じゃないし。」

「ハルにマネージャーなんて務まらないだろ。」横からカズが口を挟む。

「む。どういう意味よ。」中学時代は私はテニス部に属していた。中学時代は全員部活動に所属することが決まりだったが、高校はそうではない。私は迷っていた。あまり体を動かすことは得意ではないので、硬式テニスに切り替わる高校で続けるのは、なんとなく億劫に感じていた。かといって、バズケ部のマネージャーになりたいとは微塵も思わない。

「うーん。もうちょっと考えるね。」ナツに答えると、「ハル!石橋が壊れるまで叩いてたら、渡らないままどんどん年とっちゃうんだよ!もっといろんなことにチャレンジしようよ~」と肩をがくがく揺らされる。

バスがやってきた。

バスに乗り込み、みんなが並んで座ることのできる一番後ろの席を目指す。

すると、二人掛けの席に座っている男の子に、カズが手を挙げた。

「おう。お前もこのバスだったんだ?」

「うん。駅までね。中元くんは緑が丘だっけ?」

カズが話しかけた男の子は、目が大きく、一見して女の子みたいに可愛い雰囲気の子だった。薄い唇に、色白の肌。カズもスポーツをしている割には、華奢な体つきをしているけれど、この子は更に線が細い。きっとスポーツはしていない。

「綺麗な顔立ちの子だね。」座ってから、ナツがこそっと話す。

「ああ。同じクラスの前田ゲンジロウ。F市から来てるんだってさ。」F市は我が町A市の隣にある市である。

「げ、ゲンジロウ?!」ナツちゃんが声をあげる。

「ばかっ」カズがナツの口を抑える。

「ご、ごめん。」

ナツちゃんの声で前田くんが振り返る。私たちはいっせいに笑い顔をつくる。前田くんも笑みを返して、前を向き鞄から文庫本を取り出した。

「ゲンジロウって顔じゃないよね。どう見ても。」ナツがこそこそ話す。私はナツの脇腹を思い切りつつく。「いっ。」同時に反対側からカズが足を踏んでいた。

「本人も多分気にしてる感じだったから。あんまり言うなよ。」カズがたしなめる。「はーい。」と返事をするナツ。

前田くんは、私たちの声が聴こえているかもしれないけれど、もう振り返ることはなく駅に着くまで文庫に目を落としたままだった。後ろから見えるそのうなじも白くて透き通っていて、綺麗だった。日が当たると反射しているように見える。

あんなに色白で綺麗な男の子もいるんだなあ…と、ただ感心して見入ってしまった。

下りる時、前田くんは、「じゃあ。」とカズの方に手を振った。

「じゃあな。」とカズも答える。前を向く瞬間、前田くんと少し目が合った。その口元が少し笑ったように感じる。


「なあ、ノリから連絡あった?」バスから降り、緑ヶ丘団地への坂道を登りながら、カズが聞く。

「ううん。全然。お母さんが一回電話したけど、繋がらないって。携帯なんて持たせたって意味ないってぷんぷん怒ってた。アオイちゃんからは?」

「ねえちゃんは、ほぼ毎日。ノリの部屋の片づけも手伝いに行ったって言ってた。」

「えーいいなあ。私もアオイちゃんと話したい!何時くらいに電話かかってくるの?」

「まあ、父ちゃんが帰ってくる頃だから、10時とかなんだよな。お前から電話してやって。」

「うん。そうする。」

「ねえ、ねえ、ゴールデンウィークにみんなで東京に遊びに行こうよー」

ナツが私たちの会話を聞いて話しかけてくる。

「えーゴールデンウィークは早いんじゃない?」

「えー。ディズニーランド行きたい!」

「てかさ、アオイちゃんは寮だから泊まるとしたらお兄ちゃんの部屋でしょ?全員泊まれるのかな?」

「無理なんじゃない?てか、ノリが部屋にあげてくれる気がしない…」答えるカズ。

「だよねえ。」肩を落とすナツ。

「どっか、ビジネスホテルとかにみんなで泊まってもいいじゃん!」明るく言うマーくん。

「…てか、この坂、ほんとにキツイ…。」私は坂の中腹でぜーぜー言う。

「お前、運動不足なんじゃない?」

「なんで、坂の上までバスいってくれないのー」叫ぶナツ。

「もうっこんな田舎は嫌だー!!!」

ナツは小学校高学年ぐらいから、「私は田舎が嫌だ。」「いつかこんな町出ていく。」「東京で生活したい」とずっと言っている。都会への憧れが強い。その横で私はそんなものかなあ…と思いながら話を聞いていた。

坂を上がり切ったところに「緑ヶ丘商店」がある。私たちは商店でアイスクリームを買って、店の前のベンチに並んで座り食べた。私たちは帰る前にここで買い食いをするのが常だった。

ベンチに並んで、取るに足らないような話をしながら過ごす、この時間が私は大好きだ。いつまでも、いつまでもこの時間が続きますように…私はずっとそう思っている。隣のカズの笑顔を見ながら。

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