第4話

9月。おばあちゃんが入院した。

おばあちゃんは、うちから車で10分のところに一人で住んでいた。

おじいちゃんが亡くなったのは十年前。病気で亡くなった。まだ5才だったからおじいちゃんのことはあんまり覚えていない。

おばあちゃんはお母さんのお母さんで、お母さんはおばあちゃんの4番目の娘だ。

末っ子のお母さんはおばあちゃんにとっても可愛がられて、その末っこの私もおばあちゃんにはとってもかわいがられた。

おばあちゃんの家の裏庭には、山があってカズたちとよくそこで遊んでいた。

おばあちゃんはずっと一人でいい、と言って娘たちと生活を共にすることはなかった。けれど、今年に入って、体調不良が続いていたから、そろそろ一緒に住もうね、なんて話していた矢先の入院だった。


「おばあちゃん、ハルが来たよー」

カーテンを開けるとおばあちゃんは眠っていた。

「お前、もっと静かに開けろよ。」カズが後ろから注意する。

「おばあちゃん、寝てる。」

「だから、言ったろ。」

言い合っていると、おばあちゃんがくすっと笑った。

「おばあちゃん、起きてたの?」

「ううん。ウトウトしてただけ。」くすくす笑って体を起こそうとするを手伝う。

「いらっしゃい。二人とも今帰り?」カーディガンを羽織りながら聞く体が一回り小さくなった気がする。

「うん。おばあちゃんの顔見て帰ろうと思って。帰り道だから。」

「ご無沙汰してます。」カズが頭を下げる。

「カズくん、見違えるほど大きくなったねえ。」

小さい頃はよく一緒におばあちゃんの家でも遊んだが、いつの頃からかおばあちゃんの家に行かなくなったカズ。目を細めてカズを見ている。

「あなた達は小さい頃から、本当に…仲良しよねえ。」

そう言ってカズと私の顔を見つめほほ笑む。

「おばあちゃん、具合はどう?」

「うん。お薬ももらってるから大丈夫なんだけど…ぼーっとすることが多くてね。」

「そう…なんだ。」

「何か買ってくるものとかありますか?俺、行ってきますよ。」

「ううん。いいの。あのね…ハルちゃん。こんなことお願いするの、嫌かもしれないけど…」

「ん?なあに?」私は弱ってるおばあちゃんの様子を見て、さっきから、本当はこみあげてくるものを抑え込むのに必死だった。

「あのね…多分ね、もうすぐおばあちゃんダメになっちゃうと思うのね…」

「おばあちゃん…」私は、もうダメだった。堪えられない。

「今日、二人で来てくれたから、チャンスかなと思って。」

「チャンスって…」

「ほら、いつも子どもたちが代わりばんこに来てて、ありがたいんだけど…」湖の場合の「子どもたち」はお母さん達のことだ。

「あのね、おばあちゃんの家のお二階の、ほらお仏壇のお部屋あるでしょ。」

「うん。」

「その奥に棚があるでしょ。ほら、切手とか仕舞ってあるところ。分かる?」

「うん。」私は記憶をたどる。

「あの棚の中にね、紫の布に包まれた小さな木箱があるの。」

「うん…」私の頭の中に一度だけ、それを見た記憶が蘇る。

「あれをね、ほら私の棺の中に仕舞ってほしいのよ。」

「そんな…」『棺』という言葉が私にいはショックで言葉が詰まってしまった。

目の前がかすんで次の言葉が出なくなってしまった。

「本当にごめんなさい。ハルちゃんにこんなことを頼むなんて、悪いことだってわかってるの。でもね、娘たちには頼めないから…」ベッドサイドで顔を伏せてしまった私の背中をおばあちゃんの細い手が優しくなでる。

「それって、何の箱なんですか?」カズが後ろから聞く。

「うーん。それは、ごめんね。内緒なのよ。」

その言葉に私は顔を上げて、おばあちゃんの顔を見る。おばあちゃんは優しく困ったように微笑む。

「急に入院になっちゃったからあんまり、片づけられてなくて…。もう退院できないかもしれないし…。」

おばあちゃんは本当に困っているみたいだった。

「カズくんも、一緒にお願できる?」

おばあちゃんの痩せた顔に西日が当たる。おばあちゃんってこんな顔をしてたんだ…私は今まで見たこともないおばあちゃんの顔をその日、初めて見た気がした。

「おばあちゃん」は「おばあちゃん」で、それ以上でもそれ以下でもなかった存在に、初めておばあちゃんにも「秘密」があるということを知った。

帰り際、「また来るね」という私たちにおばあちゃんは、「私にも幼馴染がいたのよ」と一言いった。え?と聞き返すと、ううん、と言ってそれ以上何も言わなかった。

おばあちゃんは、3か月後、この世からいなくなった。

親戚でもないカズだけど、参列だけしに来てくれた。

箱は、カズと一緒に取りに行っていた。記憶よりもだいぶ古びた箱。あの時は開けて中を見たけれど、記憶とは違ってきっちりとテープで止められていて、更に紐でくくられたそれは、開けてはいけない気がしてすぐに袋に仕舞った。

出棺の時、それを入れようとしてお母さんに「それ何?」と聞かれた。「おばあちゃんの好きだったお菓子」とずっと考えた言い訳を言って、おばあちゃんの足元にそっと入れた。

花に囲まれたおばあちゃんの顔にそっと「ちゃんと入れたよ」と心の中で声をかけた。

それからすぐに、おばあちゃんはお母さん達に取り囲まれた。

おばあちゃんは「お母さん」でもあって、お母さんたちは「娘」でもあって、私はそんなことを今さら気が付いて、遠巻きにおばあちゃんを見送った。

カズの方を振り返ると、アオイちゃんの横で力強く頷いてくれた。




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