第10話

「~~!!」


その瞬間、誰かが私の名を呼んだ気がして、何故だか気が付くと後ろに向かって倒れていた。


私は生まれて初めて自分の名前が呼ばれるのを聞いた。

こんな風に私の耳に入って来るんだ、どうしてなのか妙に感動した。


私はこんなに強く、自分の名前が、自分自身が、尊いものだということに、私が自分を尊く感じているということに、初めて気が付いた。


屋上側に落ちた私の身体は、全くと言っていいほど衝撃を感じなかった。


背中が温かい何かに包まれ、左手首に異様なほどの痛みを感じて、私は恐る恐る閉じていた目を開けた。


始めに視界に入ってきたのは夕焼けに暮れなずむオレンジ色の空だった。

あまりにも綺麗で、私は一粒の涙を流した。


「……ぅう」


私の背中から呻く声が聞こえて、はっと現実に戻された。


私は誰かを下敷きにしているのだ。

その状況にはたと気が付いて、私は慌てて飛びのけようとしたけれど、その時左手首に強い痛みを感じて身が怯んだ。


私の背中にいて、私を受け止めてくれた人が強く、強く、私の左手首を握っていたのだ。


その人は、私の左手首を一度も離すことなく、私を自分の身体の上からどかすと、自分の身も起こした。


そして、そこでやっと私の手首を離したので、私はその人の方を向いて顔を見ることが出来た。


「……妖精さん……」


私の口から発せられたその一言は、何とも情けない声をしていた。


彼の目は、先日初めて彼と会った時と何一つ変わらない、真っ直ぐな瞳だった。

ただ一つ、私を見つめる彼の目がどことなく哀しげなことを除いて。


彼の純粋な目を見て、私は恥ずかしさを堪えられなくなって俯いた。

両手が微かに震えていて、左の手首には生々しい爪の跡がついているのを目にした。


彼が私を引き留めようとした印だ。


そのことに気付いたとき、私は涙をまた流していた。

今度は、声にならない叫び声と一緒に。


少し血の滲んだ爪痕は、私が今もなお生きていることを実感させた。

その容赦のない仕打ちに、私の涙は止めどなく流れ続ける。


彼はただそんな私を優しく見つめるばかりだった。

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