第6話
私は大仰に溜息を零して、決して見えない空を仰ぐ。
だからこの世界から飛び立ちたいのだ。
私の羽は、まるで私の意見に同意するかのように今までになく大きな振動を響かせて、一つ大きく風を仰いだ。
その振動に同調するかのように、私の後方で私の羽と似たような、けれども奏でる音色は確実に違う、羽の振動を聴いた。
はっとして私は後ろを振り返る。
今まさに、飛び立とうとしている人がいた。
その人はこれといった特徴のないサラリーマンの中年男性だった。
ベージュ色をしたスーツが印象に残る。
私はこの時、確かに彼の羽を目にした。
私のより一回り大きくて、私の羽より少しだけ低い音を出していた。
黒に近いような灰色をしていて、まるで堕天使のようだと思った。
精悍な顔立ちの美青年ではなく、平凡な痩せ型の中年男性であることは残念であったが。
私の目には全ての光景がスローモーションのように映った。
彼の羽が深呼吸をするように大きく一振りすると、そのあと続けざまにもう一度大きく。
彼は二回目の羽の躍動に後押しされたかのようにして、飛んだ。
そう、確かに飛んだのだ。
「きゃあああああ」
誰か女の人の甲高い悲鳴が辺りに響き渡り、地下鉄のホームは騒然となる。
後ろからやってきた電車によって吹き渡る生ぬるい風が私の制服のスカートと長い私の髪の毛をはためかせた。
ついでに、と私の愛しい羽も便乗して二回ほど手を振った。飛び立った彼への激励みたいに。
もはやここにはいない飛び立った彼の元へと駆けつける係員達に逆らうようにして、私は地上へ向かった。
今日はこのまま歩いて学校へ行こう。電車は止まってしまうだろうから。
地上へ出て、空を見上げた。空はやっぱり青かった。
どうして彼は空に向かって飛ばなかったのだろう。
よりにもよってあんなじめじめした薄暗い地下で飛び立つなんて。
私は彼の羽にさぞ同情した。彼の羽は日の目を見なかったのだから。
詰まる所、結局彼は自分自身の羽を愛してはいなかったのだ。
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