第5話

タイミングはいつもと変わりのない、日常の一コマの中に突如として現れた。


朝、地下鉄のホームにて。通勤ラッシュの時間はいつも雑踏が絶えない。


私は慢性的に身体のどこかに傷を持っているし、いつだって人より上手くできることなんて何一つなかったから、毎朝沢山の人に追い抜かれる。


時たまそんな鈍間な私のことをうっとうしそうな視線をもってして見てきたり、舌打ちをしたりする人もいるけれど、大抵の人は私になんか見向きもしない。


そんな人込みに紛れ込むと、私はひどく安心する。

誰の目にも止まらないことは私が本当の私でいられる唯一の条件なのだ。


そういったとき、私の愛すべき醜い羽は、いつもより少しだけ大きな音を立てる。


私は心地よくて目を閉じる。

周りの音なんか何も聞こえなくて、目指す青空とは程遠い地下ではあるけれど、確かに私は羽を広げている。


誰かが私にぶつかった。


その人の口から罵詈雑言が飛び出してくるけれど、私はにやにやと口角を上げることしかできない。

その人は気味の悪いものを見たかのような顔をして去っていく。


私は呆れたようにその後姿を眺めた。

父のように殴る勇気もないのなら、クラスメイトのように無視すればいい。


どっち付かずの人間が多い世界だ。

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